稲葉篤紀と野村克也の関係が話題に!ヤクルトでの活躍とFA後は?

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日、アジアチャンピオンシップが行われました。

日本は見事アジアチャンピオンシップの初代チャンピオンに輝きました。

横浜の「今永」選手や巨人の「田口」選手、他にも日ハム「近藤」選手そしてMVPの西武「外崎」選手など、たくさんの選手が活躍しました。

そして、日本代表の『稲葉 篤紀(いなば あつのり)』監督も素晴らしい采配でしたね。

稲葉監督の選手時代は、ヤクルトや日本ハムとセ・リーグとパ・リーグでプレーした外野手。
現役時代には2000本安打を達成し、人気のある選手でした。

そこで今回は、現在侍ジャパンの監督を務める稲葉監督について詳しくまとめてみました。

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稲葉篤紀のプロフィール

稲葉篤紀
出典:http://baseballking.jp/
名前:稲葉 篤紀(いなば あつのり)
出身地:愛知県北名古屋市
生年月日:1972年8月3日
身長:185cm
体重:94kg
プロ入り:1994年 ドラフト3位
所属球団:ヤクルトスワローズ (1995 – 2004)
北海道日本ハムファイターズ (2005 – 2014)
デビュー:1995年6月21日

葉選手は20年間の現役時代を終え、2014年に現役を引退しました。
それから3年がたち、現在は侍ジャパンのユニフォームを監督として袖を通すことになりました。

現役時代は攻守ともバランスが良く、とても人気のある選手でした。
日ハム時代には、チャンスの場面で稲葉選手の打席を迎えると、応援歌とともにスタンドのファンが一斉に飛び跳ねる「稲葉ジャンプ」というものもありました。
横浜の守護神「山崎康晃」選手が登場するときの「康晃ジャンプ」に近いものがありますね。
ヤクルト時代はあの名将と呼ばれた「野村」監督でプレーした稲葉監督はどんな采配をするのでしょうか。

稲葉篤紀と野村克也の関係は?監督としてアドバイス

葉選手は1994年にヤクルトにドラフトで指名されました。
当時の監督はID野球で、ヤクルトを黄金期に導いた名将『野村克也』監督でした。
いまでは球界のご意見番、解説者として活躍していますね。

稲葉選手は、入団してから野村監督が退任する1998年の約4年間野村監督にお世話になりました。
この野村監督の下で野球をした経験はきっと大切な経験となったと思います。
そんな野村克也さんが稲葉監督にエールを送りました。

TBSの某TV番組に野村さんは出演。
そこで韓国を下し、初代チャンピオンの監督となった稲葉監督に辛口コメントをしました。

稲葉篤紀と野村克也の関係
出典:https://headlines.yahoo.co.jp/

野村さんは四回に日本が先制点を奪った場面に注目しました。
日本は四球と相手の失策で無死一、二塁で打者・「外崎」(西武)の場面で「なんで二塁いったらバントさせないんだよ」とコメント。
結果は「外崎」が右翼フェンス直撃の先制適時打となりましたが「こういうの結果オーライっていうんだよ。稲葉監督は経験のない監督だから、怖さを知らない」と辛口。

しかし、そのあとは「初めてにしてはよくやった」と監督時代に指導した選手に温かい言葉を送りました。

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稲葉篤紀のヤクルトでの活躍は?その成績は?

10代の人はきっとヤクルト時代の稲葉選手を知らない人が多いと思います。
稲葉選手はルーキーイヤーから大活躍でした。

まずプロ初打席でなんとプロ初ホームラン!
この年はルーキーながら規定打席に届かないものの8本塁打を放ち、規定打席不足ながら打率.307を残しました。
翌年から稲葉選手はレギュラーを獲得。125試合に出場し、なんと打率は3割!
プロ2年目としては上出来でしょうね。

稲葉篤紀のヤクルトでの活躍

稲葉選手は翌年も活躍します。
チーム2位の21本塁打を打ち、なんとチームは2年ぶりのリーグ優勝と日本一を達成!
野村監督を胴上げすることができました。

その後は怪我で思った成績が残せない時期が続くことになります。
しかし、稲葉選手はそれだけで潰れてしまう選手ではありません。
2001年に5年ぶりの3割となる打率.31125本塁打自己最多の90打点というキャリハイの成績を残し、チームは4年ぶりのリーグ優勝日本一!
再び稲葉選手はチームの優勝に貢献することができました。
そしてこの年はベストナインも獲得。
チームの日本一に二度も貢献した稲葉選手は、2004年のオフに日ハムにFAすることになりました。

稲葉篤紀のFA後の活躍は?日ハム時代に迫る!

葉選手は日ハムに移籍しましたが、日本ハムはあまりFA選手は獲得しない球団です。
それもそのはず、日本ハムは稲葉選手以外FA選手を獲得したことがありません!
これはあまり知られていないことかもしれませんが、すごいことですね。

日ハム時代ではヤクルト時代の活躍をします。
今でも有名ですが、2006年には「森本稀哲」選手がレフトを守り「新庄剛志」選手がセンターを守り、そして稲葉選手はライトを守る強肩俊足好守の鉄壁外野陣として他球団から恐れられていました。

稲葉・新庄・森本の鉄壁外野陣
出典:https://www.pinterest.co.uk/

そしてこの年は3人ともゴールデングラブ賞を受賞しています!
すごいですね~!
ちなみにこの年チームはなんとリーグ優勝!そして日本一に輝きました。
当時は現在メジャーでも活躍している「ダルビッシュ」選手がいました。
稲葉選手はベストナインにも輝き、日本シリーズではMVPを獲得するなど勝負強さが光りました。
翌年には、首位打者と最多安打のタイトルを獲得!
稲葉選手の初のタイトル獲得となりました。
そしてチームは球団初の連覇を達成!
こうして稲葉選手は「優勝請負人」とも呼ばれるようになりました。

最後にまとめ

かがでしたか?
稲葉篤紀選手について簡単にまとめると

①現在は侍ジャパンの監督を務める。現役時代は2000本安打を達成。
②ヤクルト時代にお世話になった当時の監督・野村克也さんから采配に関して辛口コメントを受けるも温かいコメントも頂いた。
③ヤクルト時代は2度もチームのリーグ優勝、日本一に貢献。1997年には野村克也監督を胴上げ。
④日ハム時代はヤクルト時代以上の活躍。森本、新庄とともに鉄壁の外野陣としてチームを日本一に。その後チーム初の連覇にも貢献し、優勝請負人と呼ばれた。

稲葉選手の現役時代は優勝請負人として、ヤクルト日本ハムを優勝に導いていたんですね。
では今度は監督として、侍ジャパンを優勝に導てくれることを期待したいです!

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