甲斐拓也の成績や年俸が気になる!「あっこ」との関係は?家族についても

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2017年パリーグのベストナイン捕手部門に選ばれた選手と言えば

ホークスの『甲斐 拓也(かい たくや)』選手ですね。

「甲斐バズーカ」とか「甲斐キャノン」と呼ばれる二塁への送球は本当に素晴らしいです。
まだ25歳と若く、「城島健司」氏が去ったあと、絶対的な正捕手のいなかったホークスの正捕手筆頭と言えるでしょう。

そんな甲斐選手、どうやってここまでの選手になったのか、これまでの成績年俸が気になりますね。

また、甲斐選手をネットで検索すると「あっこ」という女の子の名前が出てきます。
この人と甲斐選手の関係、すごく興味がありますよね。

まだ独身なので嫁や子供はいませんが、甲斐選手の家族についても合わせて調べてみました。

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甲斐拓也のプロフィール

甲斐拓也
出典:http://baseballking.jp/
名前:甲斐 拓也(かい たくや)
出身地:大分県大分市
生年月日:1992年11月5日
身長:170cm
体重:75kg
プロ入り:2010年育成ドラフト6位
初出場:2014年6月7日

球を始めたのは小学生の頃で、兄の影響が大きかったようですね。
中学生の時には全国大会出場を経験しています。
ここまでは捕手ではなく、内野手としてプレーしていたって知っていましたか?

甲斐選手が捕手になるのは、兄の後を追うように進学した楊志館高校に入ってからなんです。
2年時から正捕手の座につきますが、捕手転向後1年で正捕手ってすごいですよね。
甲斐選手は高校通算40本の本塁打を記録していますが、そのうちの25本が3年生になってからのものなんです。
当然スカウトから見れば本塁打をバンバン打つやつがいるって注目されますよね。
しかし正捕手となった2年時は大分大会ベスト8止まり、3年時は大分大会1回戦で敗退してしまっています。
甲子園出場はしていないなどの理由からでしょうか、支配下選手としてではなく育成選手としての指名になります。
2010年ドラフト会議にてホークスより育成6位で指名を受けました。
これは、この年のドラフトで最後に呼ばれたホークスの指名選手となります。

甲斐拓也のこれまでの成績や年俸が気になる!

斐選手は育成指名だったので契約金はなく、支度金270万年俸300万の契約からスタートします。

最初は高校3年時だけで打った本塁打25本という打撃を買われてなのか、捕手としてより打者としてプロの球に慣れるように育てられた感があります。
最初は3軍のみの出場で、捕手だけではなく三塁手としても出場しています。
捕手としての能力を見出されてからは、3軍主体ではあるものの捕手としてプレーできるようになりました。

そして2013年オフ、いよいよ育成から支配下登録に切り替えられ、その後ウインターリーグに派遣されます。
ウインターリーグの派遣は期待できる若手が中心なので、甲斐選手はここで12試合36打数で10安打10四球、打率.278出塁率.447を記録し結果を出します。
2014年のキャンプA組に抜擢、開幕1軍入りを果たしました。
しかし1軍出場は2014年、2015年は1試合で守備のみ、2016年は代打で初安打初打点を記録し1軍で13試合に出場と2軍が主体でした。
2016年の2軍で42試合に出場し2軍でキャリアハイの打率.323を記録しています。

そして2017年、大ブレイクを果たします!

甲斐拓也の逆転満塁ホームラン
出典:https://www.nikkansports.com/

まずは開幕1軍を勝ち取り初のスタメン出場を果たし、5月にはプロ初本塁打を記録しますが、これが劇的な逆転満塁本塁打となったんです。
守備面では主に若手先発投手である「千賀滉大」「東浜巨」などの各選手とバッテリーを組み、「千賀滉大」選手の最高勝率、「東浜巨」選手の最多勝利に大きく貢献しています。

この活躍で2017年オフには、育成出身捕手としては初のゴールデングラブ賞、育成選手出身者としては初のベストナインに選出されました。

育成の星と言われた巨人の「山口鉄也」選手も最優秀中継ぎを3度受賞していますが、ベストナインはないので甲斐選手は大快挙ですね!
ちなみに年俸は育成時代は300万以下で、支配下に登録されても500万から600万、2017年に1.5倍増の900万となっています。
2018年の年俸はどれだけ跳ね上がるのか楽しみですね!

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甲斐拓也と「あっこ」の関係とは?

斐選手で検索すると上位キーワードの1つに「あっこ」とあります。
彼女か何かか?と思い、調べてみると…
楊志館高校時代の甲斐選手の2学年上のマネージャー『大崎耀子』さんという方のことのようですね。
甲斐選手が入学する前年に、若くして進行性で末期の上咽頭がんを患っていたそうで、闘病しながらマスク姿でチームを支え続けたとか。

大崎耀子さんが2年の時、楊志館高校は初の甲子園出場を果たしたのですが、大崎耀子さんは甲子園の直前にガンが見つかり入院となり、甲子園に行けなかったんです。
翌年、楊志館高校ナインは「今年こそ一緒に甲子園に行こう」と大崎耀子さんを甲子園に連れて行くべく頑張るのですが、残念ながら県大会初戦敗退という結果になってしまうのです。
しかし、自分の意志でがん治療を中断しチームに戻ってきた大崎耀子さんは、大分県大会で念願のベンチ入りを果たしました。

あっこ・大崎耀子
出典:http://www.asahi.com/

甲斐選手は、病を抱えマスク姿で懸命にナインを支える大崎耀子さんの姿を見て胸を打たれたと言っています。
大崎耀子さんはその年の秋亡くなってしまったのですが、彼女がよく「心」という言葉を使っていたとか。
亡くなる直前に色紙に書いた言葉も「心」だそうで、甲斐選手は試守備につく際ホームベース付近に指で地面に「心」と書き、常に初心を忘れないようにしようとしているそうです。

ちなみに、この大崎耀子さんと楊志館高校ナインについては「あっこと僕らが生きた夏」というタイトルでノンフィクション作品化され、さらに「川島海荷」さん主演でドラマ化されています。

甲斐拓也の家族について

斐選手はまだ25歳と若く、下積みも長かった影響からか、現在はまだ独身です。
そんな甲斐選手の家族はがいるようですね。
父は甲斐選手が2歳の時に離婚したそうで、母が兄と甲斐選手の2人を女手1つで育てたとか。

甲斐拓也の家族
出典:https://www.asahi.com/

母の名前は「小百合」さんと言って、息子2人を育てる為にタクシードライバーとして勤務しているそうです。
仕事で思うように見られない分「いい事も悪い事も話すこと」と言い聞かせながら育てたそうで、甲斐選手もその影響か、悩みなんかも母には言いやすかったみたいですね。

2017年の大ブレイクの息子の勇姿は、母も仕事で個人ドライバーとして独立したおかげで、試合の時間は仕事をいれずテレビで観戦できたようです。
ホーム戦は球場に見に行くこともできるようになったようで、甲斐選手の活躍を直接見られるようにもなったとか。

兄は「大樹」さんと言って、甲斐選手が野球をするようになったきっかけの人物ですね。
年齢は甲斐選手より3歳年上で、高校までは甲斐選手と同じ道を歩んでいます。
というか、甲斐選手が大樹さんを追いかけるようにしていたのかもしれませんね。
大樹さんは、楊志館高校で3年時にエースを務めていました。
在籍がかぶれば兄弟バッテリーもあったのかもしれませんが、ポジションは大樹さんを追いかけることがなかったんですね。
甲斐選手が野球の道にすすむ影響を与えた大樹さんは、プロにはならなかったようで今野球をしているかどうかも調べた範囲ではわかりませんでした。
しかし、甲斐選手の活躍は母同様喜んでいるでしょうね。

最後にまとめ

かがでしたか?
甲斐拓也選手について簡単にまとめると

①兄の影響で小学生から野球を始め、中学では全国大会出場を経験。楊志館高校に入学し捕手に転向、2年時より正捕手。高校通算40本塁打のうち25本は3年になってから打ったもの。
②育成選手だった3年間は3軍出場が大半で三塁手としてもプレーしていたが支配下登録され2016年までは1軍出場をたまにしつつ2軍で経験を積む。2017年大ブレイクを果たし正捕手筆頭候補となる。
③「あっこ」とは2学年上の楊志館高校野球部マネージャーの大崎耀子さんのこと。上咽頭がんを患っていながら賢明にナインを支える姿に甲斐選手も胸を打たれた模様。
④家族は母と兄。母は甲斐選手が2歳の時に離婚し、2人の息子をタクシードライバーをしながら育てる。兄は3歳年上で甲斐選手が野球をするきっかけになった人物で高校まで甲斐選手と同じである。

といったところでしょうか。
2018年シーズンには、不動の正捕手としてホークス投手陣をリードし、甲斐キャノンで盗塁をバンバン刺してほしいですね!
活躍を期待しています!

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