中後悠平は何故アメリカへ?嫁や子供は?ビッグマウスについても

1995年「野茂英雄」氏がメジャー挑戦してから22年、2017年のメジャーデビューがもっとも期待される選手は?

『中後 悠平(なかうしろ ゆうへい)』選手です。

2017年はNPBからメジャー挑戦する選手がおらず、1995年から連続で日本人選手がメジャーデビューの記録が途絶えてしまう可能性が出てきました。
その記録を唯一繋ぐ可能性があると言われたのが中後選手なんです。

しかし中後選手はまだ28歳。
大学卒業後プロ入りしているので、海外FA権がまだ取得できないのに何故アメリカでプレーしているのでしょうか?
しかも2018年でアメリカでのプレーは3年目を迎えます。
つまりアメリカでのプレーを始めたのは25歳ということですよね。
まだ若いので、も若く子供も小さいですが、みんなでアメリカで生活しているのでしょうか?
あなたは気になりませんか?

また、中後選手で検索すると上位キーワードに何故かビッグマウスという言葉が出てきます。
どのようなビッグマウスな発言するのか気になりますよね。

そんな中後悠平選手について、詳しくまとめてみました!

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中後悠平のプロフィール

中後悠平
出典:https://www.nikkansports.com/
名前:中後 悠平(なかうしろ ゆうへい)
出身地:大阪府泉南群熊取町
生年月日:1989年9月17日
身長:182cm
体重:72kg
プロ入り:2011年ドラフト2位
デビュー:2012年3月31日

オリックスの「増井浩俊」選手のように、プロ野球選手としては細身なタイプですね。
小学校5年の時、双子の兄と共に野球を始め、中学3年生の時に「特徴がないからサイドに変えろ」と言われたのがきっかけで、サイドスローに転向しています。

近大新宮高校に進学し、2年夏からベンチ入り。
3年時の県大会では準々決勝で破れ、高校時代は目立つ実績がありませんでした。
大学は近畿大学に進学し、大学通算成績は50試合に登板し19勝13敗、260奪三振、防御率1.48という成績を記録します。
ここまで成長する1年時は、徹底的に下半身を強化したのがよかったのでしょうね。

2年時に全国デビューを果たすと、大学日本代表に選出されるようになります。
3年時の第5回世界大学野球選手権大会では、現巨人の「菅野智之」選手や現広島の「野村祐輔」選手と共に選出されていています。

3年春のリーグで8試合に登板し4勝2敗、防御率1.11、秋のリーグで7試合に登板し2勝3敗、防御率0.98を記録しています。
そして、4年春のリーグで8試合に登板し5勝3敗、防御率0.74、秋のリーグで10試合に登板し3勝4敗、防御率2.15、奪三振72を記録しています。

非常に防御率がいいので、4年秋の2.15という防御率が悪く見えてしまうのは私だけでしょうか?
大学で実績を積み、プロ志望届を提出し2011年ドラフト会議でロッテから2位指名を受け、プロ入りのスタートに立ちました。

中後悠平は何故アメリカへ?

後選手は、ロッテで2012年から4年間プレーしました。

1年目は防御率こそ4.87でしたが、何度もチームのピンチの場面で登板し、キッチリ抑えるピッチングをしていたんですよね。
初登板時にはヒーローインタビューを受けたりもしていましたが、7月に左肩腱板が部分断裂し、完治するのが2014年シーズンとなってしまったんです。

2014年の登板ではコントロールに苦しみ、実況にも「勝手にピッチャーの方が崩れていきそうな雰囲気がありました」などと言われてしまう始末。
2015年には1軍登板がなく、シーズン終了後戦力外通告を受けてしまいました。

そして現役続行をするべく、12球団合同トライアウトを受けることを決意します。
しかしこのトライアウトの結果が死球、四球、四球と何と1つもアウトが取れずアピールに大失敗してしまいました。
現役続行を諦められない中後選手は、12月に独立リーグの武蔵ヒートベアーズに入団し、NPB復帰を目指すことにしたんです。

中後悠平が戦力外通告
出典:http://toyokeizai.net/

しかし中後選手はプロ入団前からメジャーのスカウトが注目していて、かつては和製ランディ・ジョンソンと称されていました。
TBSのプロ野球戦力外通告を視聴した日本在住のメジャースカウトが、中後選手の独特の投球フォームや投球術を評価し、何とメジャー各球団に売り込んだんです。

その結果、3球団がスプリングトレーニングの参加を検討し、2月にその3球団が中後選手の投球練習を実際にチェックしました。
そしてダイヤモンドバックスが、スプリングトレーニングに招待選手としての参加を打診して来たのです!
中後選手は単身で渡米し、メジャー昇格を目指すことになります。
まさかあの番組が、中後選手のアメリカ挑戦のきっかけになるとは驚きですよね。
出演を打診されても、奥さんが何が何でも拒否することも少なからずあるようです。

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中後悠平の嫁や子供は?

後選手は2015年4月に結婚していて、嫁の名前は『光』さんと言い、1つ年下の一般女性です。
2014年に知人の紹介で知り合い、当時光さんは保育士として勤務していて野球のことはほとんど知らないそうです。
意外と野球選手の奥さんって、野球詳しくない人が多いんですよね。

中後悠平の嫁・光さん
出典:http://www.livenan.com/

中後選手を支える為に退職し、すぐに子供もできたようですが、何と妊娠8ヶ月の時に中後選手がロッテより戦力外通告を受けてしまったのです。
予定では里帰り出産するつもりだったようですが、中後選手の大変な時に離れることができずギリギリまでそばでサポートすることにしたそうです。
中後選手も「実家でゆっくりしてもらわないといけないのにありがたい。家族がいてくれるのはものすごく温かみを感じる。」と感謝していました。

現在は中後選手は単身アメリカで頑張っていて、光さんは神奈川の自分の実家で子育てしているようです。
中後選手の子供は男の子が1人で、名前は『颯斗(りゅうと)』くんといいます。

中後悠平の子供「颯斗(りゅうと)」
出典:http://music-book.jp/

アメリカのシーズン中はほぼ会えない生活の為か、パパだって覚えてないなんて苦笑しながら中後選手が言っていました。

中後選手は、アメリカでプレーするのは2018年が最後と決めているそうなので、それ以降は家族で生活できるようになるでしょう。
それまでに近い道を歩んだ、現日本ハムの「村田透」選手のようにでもメジャーデビューできるといいですね。

中後悠平はビッグマウス?

後選手で検索すると、何故か上位キーワードに「ビッグマウス」という言葉が出てきます。
TBSのプロ野球戦力外通告を見ている限りではそのような印象は受けませんでした。

何故なのか調べてみると、答えは新人選手入団会見にあったのです。

中後悠平の新人選手入団会見
出典:http://www.asahi.com/

中後選手はロッテに2位で入団していますが、どうやら1位指名を信じて疑っていなかった模様です。
「1位指名で来ると期待していたが、まだまだなのかと受け止めたい」と言っていたのです!
さらにはロッテから1位指名された「藤岡貴裕」選手に対して「何年か先には抜いてみせる」とも言っています。
どちらも、ものすごい自信だと思いませんか?

それもそのはず、中後選手は大学時代2年時から大学日本代表に選出されていたり、所属リーグでは2年時にMVP、3年時に最優秀投手賞、4年時にベストナインに選ばれています。
プロ野球志望届を出せばプロ入り間違いなし。と思ったでしょうね。

しかし2011年ドラフトは、大学BIG3と言われた「菅野智之」選手、「藤岡貴裕」選手、「野村祐輔」選手がいて、社会人や高校生にも有望な選手が多かったこともあり1位指名とはいかなかったようです。
中後選手は、同じ球団のドラフト1位の藤岡貴裕選手に対し抜いてみせると言っていましたが、2017年の成績を見る限りでは中後選手はもう抜いているような気もしますね。

最後にまとめ

かがでしたか?
中後悠平選手について簡単にまとめると

①近畿大学で才能が開花し、19勝13敗、260奪三振、防御率1.48という成績を記録。2年時より大学日本代表に選出されるようになる。3年時には菅野智之選手や野村祐輔選手と共に選出される。
②ロッテで4年プレーして、戦力外通告を受ける。トライアウトを受け1死球2四球という成績だったが、テレビ出演がきっかけでダイヤモンドバックス傘下でマイナー契約をし、メジャー昇格を目指す。
③嫁は1つ年下の一般女性の光さん。中後選手が戦力外通告を受けた時は妊娠8ヶ月だった。子供は男の子が1人いて名前は颯斗(りゅうと)くん。
④ビッグマウスと言われるきっかけは、新人選手入団会見時の発言。大学2年から日本代表に選ばれメジャーからも注目される存在だった中後選手は、野球エリートの1人で強い自信を持っていた。

と言ったところでしょうか。
アメリカでのプレーは、2018年シーズンで最後と決めている中後選手。
メジャー昇格ができれば、家族を呼ぶことができると考えているようなので、メジャーリーガーを目指して頑張ってほしいですね!
応援しています!

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