宮本慎也がヤクルトのコーチに就任!次期監督?現役時代の成績も

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2015年はリーグ優勝を成し遂げ、セ・リーグを制覇したヤクルトスワローズ。
しかし2年がたった2017年はチームは最下位に転落。

2015年チームを優勝導いた監督、「真中満」監督も退任。
そして「小川新」監督が就任しました。
小川新監督はこれからのヤクルトの再建に期待がかかります。
しかしヤクルト再建に期待がかかるのは小川新監督だけではありません。

2018年ヤクルトのヘッドコーチに就任した『宮本 慎也(みやもと しんや)』コーチにも期待がかかります。

宮本慎也といえば、現役時代はヤクルトの不動のショートとしてヤクルトのリーグ優勝から日本一まで貢献したスゴイ選手。

そこで今回は、宮本慎也選手に詳しく迫ってみましょう!

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宮本慎也のプロフィール

宮本慎也
出典:https://www.asahi.com/
名前:宮本 慎也(みやもと しんや)
出身地:大阪府吹田市
生年月日:1970年11月5日
身長:176cm
体重:82kg
プロ入り:1994年 ドラフト2位
所属球団:東京ヤクルトスワローズ (1995 – 2013)
デビュー:1995年4月11日

本慎也選手は、ショートを守る守備がとても上手な選手でした。
現役の選手で守備のうまいショートといえば、ソフトバンクの「今宮健太」選手がいますね。

宮本選手は高校時代はPL学園で過ごし、同志社に進学しました。
その後、宮本選手は社会人野球に進みます。
宮本選手は1994年のドラフトでヤクルトでドラフト2位指名を受け入団します。
ドラフトの時も守備がうまいことで評判がとてもよかったです。
しかし打撃の評判はあまり良くなかったようです。

プロ入り後は、主に2番で起用されヤクルトのリーグ優勝から日本一に貢献しました。
国際試合にも出場しました。
そして2013年に引退することになりました。

宮本慎也がヤクルトのコーチに就任!次期監督候補か?

本慎也選手が2018年からヤクルトのヘッドコーチに就任しました。
現在のヤクルトは2015年にリーグ優勝を成し遂げるも、2年後の2017年には最下位に転落してしまいました。
たったの2年でセ・リーグで1番「強い」チームからセ・リーグで1番「弱い」チームになってしまったヤクルトスワローズ。

しかし、2018年から監督が変わり「真中」満監督から「小川」監督になりました。
さらにヘッドコーチには、今回紹介する宮本選手が就任することになりました。
ヘッドコーチを分かりやすく説明すると、コーチのリーダ的存在、監督の次に偉い人だと思ってください。

この宮本選手、今年からヘッドコーチに就任しましたが、実は次の監督候補なんです!
個人的な考察ですが、このままいけば次の監督は宮本選手だと思っています。
それはなぜか?

理由は二つあります。
まず現役時代に当時の監督である「野村克也」さんが、宮本慎也選手はいつか監督になると言っていることです。
これがとても大きいです。
2つ目はヘッドコーチから監督になるパターンがとても多いことです。
例えば巨人の元監督、「原辰徳」監督もその一人でした。

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宮本慎也の現役時代がすごい!バントの達人

本慎也選手は「守備の名手」「バントの達人」として知られました。
1994年のドラフトでヤクルトから2位指名を受けプロ入りしました。
プロに入ったころから守備がうまいと評判で、ルーキー時代はショートのレギュラー「池山隆寛」選手の守備固めなどで起用されました。
宮本選手がブレイクしたのはプロ3年目の1997年のことでした。
この年はプロ入り初の100試合以上に出場。
そして、さらにショートでゴールデングラブ賞を獲得!

その後、宮本選手はヤクルトのショートのレギュラーとして定着しました。
宮本選手は主に2番で起用されることが多く、1999年にはセ・リーグトップの犠打数(バントした回数)も記録しました。
翌年のにはプロ入り初の打率三割を記録。
そして2001年には、セ・リーグ最多犠打記録を更新
67犠打を記録しました。

2001年にはチームはリーグ優勝、日本一になりました。
当時の1番は、2016年までヤクルトの監督を務めた「真中満」監督が1番を打っていました。
3番バッターは、2016年侍ジャパンの監督になった「稲葉」選手がいました。

宮本慎也はどんな選手? 野村克也さんとのエピソード

本慎也選手は「バントの名手」「守備の名手」紹介してきました。
通算で10回ゴールデングラブ賞を獲得しています。
宮本選手は現役時代の途中からサードにコンバートされたのですが、それでも守備のうまさは変わらずゴールデングラブ賞を受賞しています。
ショートで6回ゴールデングラブ賞を獲得し、サードで4回ゴールデングラブ賞を獲得しています。
すごいですね~。
これが宮本選手が「守備の名手」といわれる理由でしょう。

宮本選手は守備だけではなく、バントもとても上手でした。
さきほど紹介した通りレギュラーシーズンでの最多犠打記録を更新
そして通算犠打数は408犠打と、なんと400超え!
1位は巨人でコーチを務める「川相昌弘」選手です。
宮本選手はというと、なんと歴代3位の犠打数!すごいですよね!

しかし入団当初はバントがあまりうまくなかったようです。
バッテイングが苦手で全然打つことができませんでした。
2番に定着してからはバントがうまくなり、2000本安打を達成するほどの選手になりました。
入団当初は打撃がひどく「自衛隊」と当時の監督の野村克也さんからは言われていました。
とても厳しく指導されていたため、当時は早く監督をやめてくれと思っていたようです。
しかし現在は監督候補と野村克也さんから言われる選手になりました。

最後にまとめ

かがでしょうか?
宮本慎也選手について簡単にまとめると

①高校時代はPL学園出身。大学は同志社に。その後は社会人野球へ。1994年にヤクルトからドラフトで2位指名を受けプロ入り。
②2018年からヤクルトのヘッドコーチに就任。2015年はリーグ優勝になったヤクルトだったが2年たった今チームは最下位。
③2001年はリーグ優勝に貢献。プロ三年目からブレイク。ルーキー時代はショートのレギュラー池山選手の守備固めとして起用された。
④「バントの名手」「守備の名手」として有名に。ゴールデングラブ賞を10回も受賞。犠打数は通算歴代3位。入団した当時の監督、野村克也監督には厳しく指導されるも現在は監督になることを期待される選手に。

2015年にリーグ優勝になったヤクルトスワローズはたった2年で最下位に。
「セ・リーグで1番強いチーム」から「セ・リーグで1番弱いチーム」になったヤクルトスワローズを、宮本慎也選手が立て直します。

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