佐々木主浩の全盛期の成績と記録がすごい!愛称は?メジャーの成績も

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浜の絶対的守護神で、「ハマの大魔神」の愛称で活躍した選手と言ったら

『佐々木 主浩(ささき かづひろ)』選手ですね!

佐々木選手はメジャーにも挑戦していますが、成績なども気になるところ。

こそで今回は、佐々木選手の全盛期の成績・記録メジャーに挑戦してからの成績にも迫ってみましょう!

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佐々木主浩のプロフィール

佐々木主浩
出典:http://sports.mobcast.jp/
名前:佐々木 主浩(ささき かづひろ)
生年月日:1968年2月22日
出身地:宮城県泉市
身長:190cm
体重:98kg
プロ入り:1989年 ドラフト1位
所属球団:横浜ベイスターズ (1990 – 1999)
シアトル・マリナーズ (2000 – 2003)
横浜ベイスターズ (2004 – 2005)
デビュー:NPB / 1990年4月7日
MLB / 2000年4月5日

々木主浩選手は東北福祉大学出身で、1989年に横浜ベイスターズからドラフト1位指名を受けプロ入りしました。
佐々木選手が入団したころは、まだ横浜ベイスターズという名前ではなく「大洋ホエールズ」という名前でした。

横浜で守護神として活躍し、4年連続でセーブ王も獲得しました。
1998年のリーグ優勝、日本一にも貢献。

その後はメジャーにも挑戦しました。
メジャーでも活躍し、その後再び横浜に復帰しました。
そして、2005年に引退しました。

佐々木主浩の全盛期の成績と記録がすごい!

々木主浩選手は1989年に横浜ベイスターズからドラフト1位指名を受けプロ入りしました。
1年目は抑えから起用されることはなく、しばらく中継ぎや先発として投げていました。
ドラフト1位された佐々木選手ですが、大学時代の同僚で阪神のキャッチャー「矢野燿大」選手や、現在阪神の監督を務める「金本知憲」監督がいました。

プロ2年目にクローザーが怪我をしたことがきっかけで、佐々木選手が代わりのクローザーとして抜擢されました。
佐々木選手は落差のあるフォークを武器に高い奪三振率を残しました。
1番初めて投手タイトルを獲得したのは、プロ3年目に最優秀救援投手獲得したことでした。
この時はリーグ最多の50登板もクリアしています。

佐々木選手が本格的に守護神として君臨したのはプロ入り5年目のこと。
そして1年間守護神として活躍し、セーブ王を獲得
そして横浜がリーグ優勝、日本一に輝いた1998年にもセーブ王を獲得しました。
45セーブも記録し、シーズンの自責点はなんとたったの4つ!
防御率は驚異の0.64
これ以上のない抑え投手として活躍しました。

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佐々木主浩はどんな選手? 愛称は「ハマの大魔神」

浜の絶対的守護神として活躍し、日本一、リーグ優勝にも貢献した佐々木主浩選手。
佐々木選手はどんな選手だったのでしょうか?

佐々木選手は、その活躍から「魔人」といわれるようになりました。
そのきっかけは、当時のサンケイスポーツの読売ジャイアンツ担当の記者さんが、対戦チームにとって悪魔のような守護神という意味を込めて記事内で魔人と表現したことがきっかけでした。
ここから「ハマの大魔神」という愛称になりました。
今でもハマの大魔神とも呼ばれていますね。

他球団からは「横浜との試合は佐々木の登板しない7回までが勝負」や「佐々木が出たら終了」とまで言われていました。
今でもソフトバンクに「サファテ」選手という絶対的守護神がいて、日本シリーズでも活躍しましたが佐々木選手は勝てませんね。

佐々木選手の武器はその大きく落ちるフォーク速いストレートが武器。
佐々木選手は、プロ2年目の8月に見逃し5球、空振り4球、ファウルなしの「三者連続3球三振」を達成しています。
バットに全く触れさせないで9回を抑える。
ほんとに絶対的守護神ですね。

佐々木主浩はメジャーにも挑戦! 成績は?

本では絶対的守護神として横浜ベイスターズで活躍した佐々木主浩選手。
2000年にメジャーに挑戦し、2004年までメジャーで活躍した佐々木選手。

佐々木選手がメジャーに挑戦した時に所属していたチームは、あの「イチロー」もいたシアトル・マリナーズでした。
佐々木選手は日本でも武器にしていたよく落ちるフォークとストレートを武器に1年目からメジャーで活躍しました。
日本では「ハマの大魔神」と呼ばれていましたが、アメリカでは「DAIMAJIN」と呼ばれます。

佐々木選手はメジャーでも守護神を1時期務め、60登板、30セーブをクリア。
1年目からメジャーで60登板もするってすごいことです。
そして、メジャーで新人王も獲得
佐々木選手のメジャー2年目は40セーブもクリアしました。
60登板、30セーブを3年連続で記録した佐々木選手は、メジャーでも十分通用したといっていいでしょう。

メジャーで活躍したリリーフ選手といえば、佐々木選手のほかに「上原浩治」選手がいますね。
ちなみに上原選手は3年連続で60登板も30セーブもどちらも達成したことがありません。
佐々木選手のすごさが分かると思います。

最後にまとめ

かがでしょうか?
佐々木主浩選手について簡単にまとめると

①1989年に横浜ベイスターズからドラフト1位指名を受けプロ入り。東北福祉大学出身。阪神の矢野燿大選手や現在阪神の監督の金本知憲選手とチームメイト。
②最初は先発としても起用された。プロ5年目から本格的に守護神に。守護神になる前に最優秀救援投手にもなった1998年の日本一に貢献した。
③他球団からは「横浜との試合は佐々木の登板しない7回までが勝負」や「佐々木が出たら終了」といわれていた。「ハマの大魔神」という愛称がつく。
④メジャーでは新人王を獲得。3年連続で60登板、30セーブをクリアした。

佐々木主浩という絶対的守護神
現在の横浜ベイスターズの守護神は「山崎康晃」選手ですが、先輩を超えるような活躍をしてほしいですね。

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