李大浩の日本球界での成績が気になる!KBOやMLBの成績は?経歴や特徴も

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韓国のロッテ・ジャイアンツで活躍する巨漢選手と言えば?
『李 大浩(イ デホ)』選手ですよね!

李大浩選手は韓国球界で活躍した後に日本とアメリカでもプレーしています。
近年では、日本を経由してメジャーに行く選手も少なくないですが、どうして直接メジャーに行かなかったのでしょうか?

理由は定かではないですが、日本で結果を残してからの方が年俸にも大きく影響されるので正しい選択であったことには違いないです。

韓国では英雄であった李大浩選手ですが、日本ではどのくらいの成績を残していたのか気になりますよね?
大柄な体でどれくらいの本塁打を打ったのか見ていきたいと思います!

また、KBOやMLBの成績についても迫っていきたいと思います!
韓国の成績あっての日本やアメリカとなるので、きっとすごい成績を残しているはずです!

現役メジャーリーガーの秋選手とは幼馴染みの間柄となっているので、経歴についてや李大浩選手の特徴についても気になる所だと思います。
李承燁選手に次ぐ強打者について早速迫っていきたいと思います!

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李大浩のプロフィール

李大浩
出典:http://www.ad-vank.com/
名前:李 大浩(イ デホ)
出身地:大韓民国 釜山
生年月日:1982年6月21
身長:193cm
体重:114kg
プロ入り:2000年 2次ドラフト
デビュー:KBO 2001年9月19日
NPB:2012年3月30日
MLB:2016年4月4日

李大浩選手がプロ入りのきっかけとなったのはドラフト会議ですが、そのドラフト会議の2次ドラフトの「2次」とは何なのか気になりますよね?

これは、そもそも韓国と日本ではドラフトの制度が違い1次と2次で分かれているんです。
一時期日本が高校生と大学社会人で分けていたことがありましたが、これとはまた別で、韓国の1次ドラフトは縁故地から優先的に1名を指名できるんです!
昔の日本の希望枠のようなものですね!

そして2次ドラフトではウェーバー制による通常のドラフトなんです!
1次ドラフトの方が大々的に行われそうなものですが、実は2次ドラフトの方が、ホテルで行われるなど日本のようなドラフト会議となっているんです!

1次の場合は1人しか指名がないため、告知発表だけの簡単なものとなっているんです。
どちらで指名された方が良いのかは疑問が残る所なのですが、韓国では近年野球に力を注ぐ親も増えてきているので、これから数年後にはもっと凄い選手の排出があるかもしれませんね!

李大浩の日本球界での成績は?

李大浩選手は韓国球界を経て2012年から日本のオリックス・バファローズでプレーすることになりました。

バファローズの在籍年数は2年と短かったですが、2年間では安定した数字を残したんです!

日本では、まだ韓国人選手の大活躍が期待されていない時でしたが、オリックス1年目で144試合の出場で打率.286、24本塁打、91打点をマークしたんです!
李大浩選手はこの年、91打点はリーグ最多となっており、見事に1年目で打点王を獲得したんです!
100打点未満での打点王も珍しいですね。

2年目は141試合と試合数を少しだけ減らしましたが、打率.303、24本塁打、91打点をマークしました。
李大浩選手は本塁打と打点では全く同じ数字を残していますね!

安打数では1年目が150安打で2年目が158安打となっていました。
2年目は1年目に比べて打席数が少なかったと言えるのですが、その中で本塁打と打点では前年と同じ数字を残しているのは凄いですね!
と言うか、安定感あり過ぎですね!李大浩選手。

3年目も李大浩選手はオリックス残留を希望していたので、代理人と球団側が交渉を重ねていました。
しかし残念ながら交渉は決裂となってしまい、その年の11月14日に退団が発表されたんです!

交渉決裂後に動いたのが、福岡ソフトバンクホークスだったんです!
ソフトバンクは多額の年俸を用意して、更に李大浩選手が希望していた背番号10番も用意して契約にこぎ着けたんです!
破格の待遇ですね!

移籍して1年目、日本球界3年目となる2014年は本塁打量産と高打率が期待されていました。
144試合で170安打を打って打率は.300を残しましたが、オリックス時代の球場よりもソフトバンクの球場の方が広かったと言うこともあり、本塁打は19本と減らしてしまう結果となってしまいました。
それでも打率は安定感がありますね!

オリックス時代には勝負強さも発揮して2年連続で91打点を記録しましたが、この年の打点数は僅かに68打点となってしまったんです。
チームは優勝を飾りましたが、この年の李大浩選手の得点圏打率は.244とかなり低い数字となっていたので、4番としては失格と言われることもあったんです。
4番は打点を稼いでなんぼなので仕方がないですね。

ソフトバンク2年目となる2015年は、前年の得点圏打率の低さがあったので4番を内川聖一選手に譲る形となってしまいました。
しかし、4番を外れたことでプレッシャーはなくなったと思います。

2015年はヤフードームも改装が行われて、ホームランテラスが出来上がりました。
これはグランドが少し狭くなるので、本塁打量産を狙って作成された席なんです!

このホームランテラスができたことで、李大浩選手のこの年の本塁打数は日本で最多となる31本塁打を記録したんです!
打点数でも、前年の汚名を返上する98打点を挙げており、2年連続のリーグ優勝に大きく貢献したんです!

長打力が上がった反面、この年は144安打で打率.282と落としてしまいましたが、それでも主力として絶対的な存在と言えたと思いますね!

ソフトバンクとは2年契約で、3年目は李大浩選手側が選択権を持つ3年契約となっていました。
なので、李大浩選手は3年目は在籍せずにメジャーに移籍する決意をしたんです。
ファンとしては非常に残念でしたね。

メジャーリーグと交渉中もソフトバンクは再契約の提示をしていたのですが、その契約内容はメジャー球団を上回る契約と言われていたんです。
それを断ってまでメジャーに行きたかったんですね。

日本では、4年間で622安打、98本塁打、348打点、打率.293を残しました。
本塁打数は期待より下回ったかもしれないですが、打率では3割近い通算打率を残しているので、期待以上であったと言えるのではないでしょうか?

もしまた機会があるのならば、日本で李大浩選手が活躍する姿がみたいですね!

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李大浩のKBOやMLBの成績は?

李大浩選手は韓国でプロ入りとなっており、日本球界を経てメジャー入りとなりましたが、韓国ではどれくらいの成績を残していたのでしょうか?

11年間在籍したのはロッテ・ジャイアンツで、1年目の成績は6試合の出場で4安打で打率.500でしたが本塁打は0本でした。
体格の割には初本塁打は早くなかったんですね!

でも、2年目には初本塁打を含む8本の本塁打を打ちました。
試合数は74試合あり、71安打、32打点、打率.278を記録したんです!
シーズン後半にレギュラーとなったんですね!

3年目の2003年は開幕からレギュラーが期待されていましたが、怪我の影響で54試合の出場に留まったんです。
レギュラーを取れなかったのは残念でしたが、37安打、4本塁打、打率.243をマークしたんです!
打率は低いですが、怪我の影響はあまり感じさせない李大浩選手!

迎えた2004年は万全の状態でシーズンに挑み、見事にレギュラーを獲得して132試合に出場しました。
打撃も期待に応える20本塁打、68打点を記録したんです!
見事な活躍ですね!

しかし、この年の安打数は110安打に終わってしまい、打率も.248に留まってしまったんです!
まだ若手なので打率に関しては目を瞑るしかないですね。

2005年は126試合全てに出場すると119安打で21本塁打、80打点、打率.266を残しました。
シーズンの試合数が減った中で、成績は向上させたので成長は順調ですね!

李大浩選手、6年目となる2006年は122試合で26本塁打、88打点、149安打の打率.336で、本塁打王と打点王と首位打者の三冠王に輝いたんです!
韓国とは言え三冠王は凄いですね!

三冠王を獲得したとは言え、まだ本塁打や打点ではハイレベルな数字とは言えない数字です。
2007年と2009年はそれぞれ28本塁打と29本塁打を放っていますが、まだ30本塁打以上を打ったことがありません。
三冠王獲得打者としては物足りないですね!

李大浩選手が、初めて30本塁打を超えたのは10年目となる2010年でした。
この年は打率.364、44本塁打、133打点、174安打で2度目の三冠王に加えて最多安打も獲得しているんです!
これぞ三冠王打者と言えますね!

この翌年も期待されましたが、打率.357、27本塁打、113打点、176安打の記録となりました。
この年は最多安打と首位打者を獲得しましたが、2年連続の三冠王にはなりませんでした。
三冠王にはならなくても素晴らしい成績と言えますね!

その後、メジャーから復帰した2017年には、打率.320、34本塁打、111打点、173安打を記録しています。
韓国は6年ぶりの復帰となりましたが、復帰前と変わらない安定の成績を残した李大浩選手!

順序は変わってしまいましたが、2016年は1年だけメジャーに在籍していました。
マリナーズでプレーしていたのですが、打撃成績は、107試合で打率.253、14本塁打、49打点、74安打の成績でした。
期待の大きさとは裏腹に、パッとしない成績となってしまいましたね。

年齢的に1年目から活躍できなかったことで、2年目の契約はなく、韓国球界を復帰をして2017年の成績に繋がっています。
こんな事であれば、ソフトバンクからメジャーに行かず、ソフトバンクが提示していた大型契約を飲んでおけば良かったですね。

李大浩の経歴や特徴は?

李大浩選手は、幼少期の頃に父親が死去しており、その後母親とも別れて兄と一緒に祖母に育てられていました。
なぜ母親が育てなかったのかはわかりませんが、少し可哀想な気もしますね。

祖母に育てられていたこともあって家庭は裕福とは言えませんでしたが、幼馴染みであった秋信守選手に野球に誘われて野球を始めました。
貧しいながらも野球が出来て良かったですね!

その後、秋選手と共に活躍を見せて世界青少年野球大会の韓国代表の投手として選出されました。
投手であった事は驚きですが、その時の大会のクリーンナップがもっと驚きのメンバーなんです!

そのメンバーとは、日本のロッテでも活躍した金泰均選手と秋信守選手と鄭根宇選手だったんです!
ちなみに鄭根宇選手は走塁技術と巧打力に優れた選手です!

この選手に加えて李大浩選手がいるわけですから、もちろんこの大会でチームは優勝を飾ることができました!
期待通りの活躍でしたね!

この大会で李大浩選手は、打率.500、3本塁打を放つ活躍を見せました。
打率ではアメリカのジョー・マウアー選手に次ぐ2位の成績となったのですが、5割でも2位なんてマウアー選手は打ち過ぎですね。

その後も活躍した事で、韓国球界のロッテ・ジャイアンツからドラフト指名を受けました。
しかし、この時には肩を痛めていたので、入団を機に打者に転向したんです!
ここまでずっと投手でやっていた事は驚きですね!

ロッテ・ジャイアンツには11年間在籍してFA権を取得した為、それを行使して日本のオリックス・バファローズに移籍することになりました。
世間にも大きく騒がれた移籍でしたね!

でも、そのオリックスでも在籍は僅かに2年となっています。
オリックスの後はソフトバンクホークスに移籍したのですが、ソフトバンクとは2年契約で、3年目は李大浩選手が残留したいと言えば残留できる契約となっていました。
李大浩中心の良い契約と言えますね!

しかし、結果的にはソフトバンクにも2年しか在籍せずにメジャーへと渡ってしまいました。
よっぽどメジャーへの憧れが強かったんだな?って思いますよね?

でも、実はそうでもないんです!
ソフトバンクはメジャー契約を上回る好条件を提示していたんです。
そこまではメジャーでの憧れがあるから!と言えるのですが、李大浩選手本人が言っていたようなんですが、ソフトバンクでは4番ではなく5番打者として出場することが多かったので、プライドが許さない!と。

元々韓国でもオリックスでも4番を張って周りからチヤホヤされていた選手でしたが、ソフトバンクでは、内川選手が4番になったので李大浩選手がチヤホヤされる事がなくなってしまったんです!
やっぱり注目されるのは4番ですよね!

その為、自分の名誉を守るためにメジャーに移籍したと言われているんです!
しかし、そのメジャーでも目立った活躍が出来なかったので、僅か1年で韓国球界に復帰したようなんです!
正しい選択だったのかは微妙なところですが、これは韓国選手にしては珍しいことなんです!

なぜかと言うと、韓国選手の多くは安定を求めているようなんです!
なので、もしもソフトバンクからメジャーに行く際に、メジャーよりも契約年数があるソフトバンクに残留した方が、安定が得られていたので、他の韓国選手ならば日本残留をしていたと言われているんです!

この事から推測すると、かなりプライドが高いので、安定よりも地位を求めていると言えるかもしれないですね!

また、李大浩選手は韓国時代は慈善事業に力を入れており、寄付金大使とも呼ばれていたことがあるようなんです!
親と離れて過ごしていたことが影響しているのかもしれないですね!

年齢的にもそろそろ安定を求め始めていると思われますが、李大浩選手は他の韓国人選手とは少し考え方にも違いがあるようなので、本当のスポーツマンと言えるのかもしれません。

性格はあまり良い方ではないと自分では言っていますが、周りからは慕われる性格なようなので、韓国球界の宝であると言えますね!

最後にまとめ

いかがでしたか?
最後に李大浩選手について簡単にまとめると

①日本には4年在籍しており、98本塁打を放った。
打率は.293と好成績を残したが、本塁打に関してはもう1、2年いれば飛躍的に伸びていた可能性もあった。
②韓国では、通算259本塁打を打って打率も.310の好成績をを残しているが、メジャーでは14本塁打で打率.253しか残せなかった。
メジャーは1年しか在籍できなかったので、もう少しやれば良くなったかもしれない。
③幼少期は両親と別れて祖母に育てられていた。
秋選手に誘われて野球を始めると韓国代表まで上り詰めた。
李大浩選手の最大の特徴はプライドの高さである。

2017年に韓国球界に復帰した李大浩選手でしたが、2016年のオフにマリナーズを解雇された時に実は日本球界も獲得に動いていたんです!

その球団は・・・。
阪神タイガースだったんです!
阪神はこの年のオフにロサリオ選手の獲得を試みておりましたが、もしもロサリオ選手が獲得できなかった際は李大浩選手の獲得を検討していたようなんです。

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