鈴木みのるにとってのアントニオ猪木とカールゴッチ!師匠は?

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界一性格の悪い男として知られるプロレスラーと言えば、『鈴木 みのる(すずき みのる)』であることはプロレスファンであれば誰もが知っていることでしょう。

そして鈴木軍のボスであり、ヒール系のレスラーであります。

彼の魅力としてファンを虜にするのは、プロレスが『最強』であることへと導いていってくれたことではないでしょうか。

この『強さ』を追求することへの根底には『ストロングスタイル』を築きあげた「アントニオ猪木」や、『プロレスの神様』である「カールゴッチ」の影響があるのではないか、またそれ以外の選手の影響もあるのではないか迫ってみましょう!

また、鈴木みのるの師匠についても合わせて調べてみました。

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鈴木みのるのプロフィール

鈴木みのる
出典:Twitter
名前:鈴木 みのる(すずき みのる)
本名:鈴木 実(すずき みのる)
出身地:神奈川県横浜市
生年月日:1968年6月17日
身長:178cm
体重:102kg
デビュー:1988年6月23日
得意技:ゴッチ式パイルドライバー

木みのるは小さい頃からプロレスに憧れ、高校時代にはレスリングで国体2位という実績を引っ提げ、新日本プロレスへ入門しました。
そこから1年後には新日本プロレスの創始者であり日本のトップレスラーでもあるアントニオ猪木と対戦しています。
これは新人としては前代未聞のことで、彼の新人離れしたハートの強さと類まれなる才能を伺うことができます。

その後、新日本プロレス→UWF→藤原組→パンクラスと団体を移籍していきます。
これは『強さ』を追い求めての移籍であり、プロレスから総合格闘技へ変わっていくこともわかります。
そして再びフリーランスとしてプロレスラーに戻ります。
この間に、「モーリス・スミス」との異種格闘技戦や、獣神サンダー・ライガーとの総合格闘技の試合など数々の名勝負を繰り広げてきました。

また全日本プロレスでの三冠ヘビー級王座、プロレスリング・ノアではGHCヘビー級王座、新日本プロレスでのIWGPタッグ王座、第2代キング・オブ・パンクラシストと各団体での王座も戴冠し、トップレスラーとして駆け上がっていきます。

鈴木みのるにとってのアントニオ猪木とは

木みのるは『最強』そして『スーパースター』を目指して、プロレス業界最大の団体である新日本プロレスに入門します。
そのときプロレス界でのスター選手がアントニオ猪木であり、憧れの存在でもありました。

鈴木みのるとアントニオ猪木
出典:http://blog.livedoor.jp/

ただこのひとを倒さない限り、トップにはなれないという思いを常に持ち、『どうやったら倒せるか』と日々考えていたそうです。
デビュー当時は猪木の付き人を経験するも、本当のすごさというのはまだあまり感じることは出来ず、それに気付かされたのは20年以上経った後だということです。
ここからは鈴木みのるが語るアントニオ猪木のすごさを挙げてみようと思います。

1976年6月26日異種格闘技戦でもあるモハメド・アリ戦
あの当時の「モハメド・アリ」は人種差別問題に関わったりすることで、世界中の人が知っているボクシングの枠を超えたチャンピオンであり、リアル世界一であると誰もが認める存在!そのアリに『勝てる』と言えるひとはそうはいないはず!

試合前の記者会見では、猪木さんがビビっているように見えたが、試合当日のリング上では全くビビってるそぶりも見せずに、無の境地になっているのがすごい!
日本プロレス界のエース アントニオ猪木vs現役ボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリは、世界が注目する一線に!

この戦いが茶番であるという意見が多かったが、パンクラスやPRIDE、UFCの総合格闘技が盛んに行われるようになってからは、この戦いが総合格闘技の原点であり、茶番ということでは済まされない内容の試合である!

このようにアントニオ猪木をリスペクトし、自分自身のレスラー人生に大きな影響を与えられていることがわかります。

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鈴木みのるにとってのカール・ゴッチとは

木みのるが必殺技に『ゴッチ式パイルドライバー』という名前を付けていることからも、「カール・ゴッチ」から影響の大きさが伺い知れます。

ゴッチ式パイルドライバー
出典:http://www.pwl-in.com/

またカール・ゴッチは「アントニオ猪木」「前田日明」「藤原喜明」「船木誠勝」といったそうそうたるメンバーからも師として仰がれていた存在であり、さらにはあの猪木vsアリ戦の猪木のセコンドについていたのもカール・ゴッチです。
ここからはカール・ゴッチとのエピソードを取り上げて行きたいと思います。

初めての出会いは、藤原組にいたときで鈴木みのる(22才)!カール・ゴッチ(68才)!藤原組 組長 藤原喜明が、藤原組のコーチ(最高顧問)としてアメリカより呼び寄せました。

スクワットは1000回、2000回と20才そこそこの若手と同じ回数をこなしていたといいます。また練習時間は特に決められずに「えっ、まだやるの!!」というぐらい長いそうです。

『トランプトレーニング』これは新日本プロレスの道場でも代々受け継げれてきた『ゴッチ式トレーニング』のひとつです。トランプをめくり出た色によって、赤であればスクワット、黒であれば腕立て伏せとしたり、出た数字の回数をこなしたりと先が読めないようにしています。ジョーカーが出たら50回!なんてこともあります。これはトランプをレスリングの対戦相手に見立てて、その時々の先の読めない状況に即反応し、身体を動かさねくてはいけないことを想定しているわけです。

こういったカール・ゴッチの感性に鈴木みのるは惹かれ、アメリカに帰ったあとも手紙のやり取りをするほどの仲で、鈴木がひとりでアメリカに行き、トレーニングの指導を受けることもありました。

鈴木みのるの師匠は誰?

木みのるは1988年にアントニオ猪木への憧れと『強さ』を求めて新日本プロレスに入団しましたが、周りの同期の選手はもとより先輩に対しても『なめた態度』をとっていたそうです。

そんな自信に満ち溢れていたときに、「藤原喜明」と出会い、練習(スパーリング)で毎日「くしゃくしゃにされ!泣かされていた!」といいます。
しかしそれが「嬉しかった」と語っており、強くなっていくことを実感していたのではないでしょうか。
そこから師弟関係が築かれていったと思われます。

鈴木みのると藤原喜明
出典:https://fujiwaraf.exblog.jp/

これが鈴木みのるにとってのプロレスの考え方や関節技の基礎に繋がっていくことになります。
この藤原喜明が主体となって行われるスパーリングが『藤原教室』と呼ばれ、参加していた選手には、「佐山聡」「前田日明」「高田延彦」「山田恵一」「船木誠勝」など強者達ばかりが名を連ねていたほどです。
このようなところで単純に『強くなりたい』という熱い思いで、確実に『強さ』を手に入れていったのではないでしょうか。

そして前田日明、高田延彦らがUWFをつくったときも、誘いを受けるが藤原喜明と練習がしたいからという理由で移籍を断ります。
しかし、新日本プロレスよりも格闘技として勝負にこだわるUWFに魅力を感じ、UWFへ移籍しました。
藤原もUWFへ移籍しますが、その後藤原は藤原組をつくり、鈴木はまた藤原組へと移籍すことになります。
そうして鈴木みのるは、格闘家として強くなるための動きや技の基礎であったり、考え方や精神的なことまで一番影響を受けているのが、藤原喜明であると思います。

最後にまとめ

いかがでしょうか?
鈴木みのるについて簡単にまとめると

①レスラーとして強くなるために各団体を渡り歩き、それぞれの場所でチャンピオンに!
②アントニオ猪木は、憧れからいつかは超えて行きたい存在!
③カール・ゴッチからトレーニング方法を学び、ここでプロレスのスタイルが生まれた!
④藤原喜明からプロレスの基礎を学ぶ。師匠であるが、親父のような存在でもある!

鈴木みのるの師匠は藤原喜明であり、藤原喜明と鈴木みのるはアントニオ猪木信者であり、藤原喜明とアントニオ猪木、鈴木みのるはカール・ゴッチを師と仰いでいます。
この三人に共通して言えることは、ただ強くなるために日々の鍛練を怠らず、他の競技者が挑戦してこようとも、いつでも受けて立つ準備はできているだろう。
こうして鈴木みのるはプロレスラーとしての誇りを持ち、『一番強くなるために!』そして『スターになるために!』終わることのない挑戦を続けているのだと思います。
この生き方にファンは共感し、勇気をもらい、励みにしていることでしょう。

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