柴田勝頼の「強さ」とは?影に猪木の存在!ザ・レスラーの魅力に迫る

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犬レスラーと呼ばれる『柴田 勝頼(しばた かつより)』といえば、誰に対してもかみついていく彼の行動こそが、ファンを虜にしてしまうのです。
これは柴田選手のスタイルであり、魂で闘うプロレスがファンに元気や勇気を与えていることだと思います。

黒いショートパンツに黒いレガースといったシンプルな出で立ちは、昭和の古き良き時代を象徴するかのような存在でもあります。
これには柴田選手の「ストロングスタイル」やプロレスに対するこだわりがあるはず!

今回はそんな柴田選手のプロレスに対する思いや彼の「生きざま」について迫ってみたいと思います。
やっぱりプロレスラーは「強い!」ということがわかるでしょう。

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柴田勝頼のプロフィール

柴田勝頼
出典:https://www.njpw.co.jp/
名前(リングネーム):柴田 勝頼(しばた かつより)
本名:柴田 勝頼(しばた かつより)
ニックネーム:ザ・レスラー、狂犬レスラー
生年月日:1979年11月17日
出身地:三重県桑名市
身長:183cm
体重:95kg
デビュー:1999年10月10日
得意技:P.K、G2PK、武者返し、チキンウィングフェイスロック、トライアングルアームバー、ドロップキック

田選手の父はなんと新日本プロレスのプロレスラーだったのです。
さらにプロレスラーになる前は大相撲の力士でもありました。
ただ柴田選手は父の試合は映像としても見たことは無いそうです。

そんな父親のもとで高校時代からレスリングを始め、1997年に全国高校生グレコローマン選手権81㎏級に出場するほどの実績を残しております。
実はこの大会の2回戦で、あのWWEで活躍している「中邑真輔」選手と戦っているのです。
結果は敗北してしまいましたが…。

さらには新日本プロレスで活躍している「後藤洋央紀」選手とは高校で同じレスリング部の同級生であります。
この頃からすでに「プロレスラーになりたい!」という思いは持っており、レスリングでの大学の推薦を断り、新日本プロレスへ入団することに!

柴田勝頼の「強さ」とは?

相撲の力士で、その後プロレスラーになった父を持つことで既に「強い!」遺伝子は他の人にくらべても持っていることはわかりますよね!
ここからは柴田選手が「強さ」を追い求めた歩みを振り返ってみたいと思います。

柴田勝頼の経歴
出典:https://miruhon.net/
  • 1998年 大学の推薦を断ってまでも、「強さ」を求めて新日本プロレスに入団
  • 2003年 星野勘太郎率いる魔界倶楽部へ入る。場外乱闘のときに天山選手へいい蹴りが入り、天山選手を切れさせるほどの狂犬ぶり
  • 2003年 K-1ルールで天田ヒロミと対戦、KO負け
  • 2004年 異種格闘技ルールで武蔵と対戦、KO負け
  • 2004年 Jungle Fight 2 にて総合格闘技初挑戦。アイスマンと対戦し肩固めで一本勝ち
  • 2005年 自分の信念を貫き新日本プロレス退団
  • 2005年 「本当のストロングスタイル」を追い求めビッグマウスと契約
  • 2006年 ビックマウス・ラウドを退団、ここからはフリーで他団体や総合格闘技へ
  • 2007年 総合格闘技大会「HERO’S」にて山本信久にKO勝利
      ↓   総合格闘技 戦績(4勝11敗)
  • 2010年 桜庭和志や秋山成勲、桜井マッハ速人、石澤常光、石井慧等蒼々たるメンバーと対戦
  • 2011年 プロレスへ復帰、幾多の名勝負を繰り広げる
  • 2013年 高校の同級生である後藤選手と初対戦、ダブルノックダウン状態で両者KO
  • 2015年 後藤選手とタッグを組み、IWGPタッグ王座を戴冠
  • 2016年 NEVER無差別級王座をシングル初戴冠
  • 2017年 IWGPヘビー級王座オカダ カズチカ選手に挑戦、激闘の末敗れ試合後病院へ搬送、「急性硬膜下血腫」と診断され長期欠場へ
  • 2018年 新日本プロレス・ロサンゼルス道場が新設、ヘッドコーチに就任

これを見ていただくとわかることですが、結構負けている結果になっていますね!?
ただ柴田選手の試合は「何か度肝を抜かれる!」ことをやってくれるのです。
これが負けてもまた次に期待してしまうのです!!

特に異種格闘技戦や総合格闘技の試合では不利なルールや試合が多かった中で、相手の土俵へ乗り込んで戦いをすること自体、すごい勇気がいることですよね!まさに「一歩踏み出す勇気!」「強さ」を追い求めていることの表れだと思いませんか?

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柴田勝頼の影に猪木の存在!

トロングスタイルといえば、新日本プロレスの創立者である「アントニオ猪木」が提唱し、いまだに新日本プロレスを中心にプロレス界では受け継がれてきています。

「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!」プロレスこそ最強であり「KING OF SPORTS」と公言しているのです。
まさに柴田選手はこのアントニオ猪木のスタイルそのものですよね!

華やかなコスチュームが目立つ中で黒のショートパンツに黒いリングシューズは猪木が駆け抜けた時代と同じく、観客を魅了する派手な空中殺法が多くなってきた中で、ストイックな打撃技や組技、関節技、スープレックスといったスタイルで、相手の攻撃もしっかりと受けながら勝利へ結び付けていく展開。
また異種格闘技戦にも積極的に出場し、プロレスラーの「凄さ」を世間に知らしめたことは紛れもない事実であります。
これって、アントニオ猪木が歩んできた道と似ていませんか?

柴田勝頼はアントニオ猪木スタイル
出典:https://number.bunshun.jp/

そして何といっても、父はプロレスラー時代、猪木とよくタッグを組んでいた選手であるのです。
これは生まれながらにしてアントニオ猪木の影響を受けていることは間違いありません!
そして2018年からは新日本プロレス・ロサンゼルス道場にて新日本プロレスの神髄、「イノキイズム」を世界の次なる世代へ継承していく大役に選ばれたのが、柴田勝頼であります。

ザ・レスラーの魅力に迫る!

田勝頼が「ザ・レスラー」と呼ばれる理由は正真正銘のプロレスラーであるからではないでしょうか?
そもそもプロレスラーである父を持つことで、レスラーの血が流れていることは間違いありません!

柴田選手がプロレスラーになってから見続けている人はわかると思いますが、k-1や異種格闘技、総合格闘技の試合においてもすべてプロレスラーとして試合をしていることがわかりますよね!?
このプロレスラーとしての誇りと自信がみなぎっている姿がいちばんの魅力なのです。

1998年に新日本プロレスに入団してから、他団体へ移籍したり、異種格闘技戦や総合格闘技の試合で戦ったり、再びプロレスへ復帰したり、新日本プロレスで常に戦ってきたわけではありません。

柴田勝頼ヘッドコーチ
出典:http://lalalausa.com/

そんな柴田選手が2018年に新日本プロレス・ロサンゼルス道場新設する際にヘッドコーチを任されることになったのです。
これは新日本プロレスをいちばん理解していることであり、言葉の通じない外国人に教えるにあたり、魂で伝えることができる証ではないでしょうか?
まさに新日本プロレスにいちばん大切な「闘魂」は柴田選手のスタイルそのものですよね!!

最後にまとめ

かがでしたか?
柴田勝頼選手について簡単にまとめると

①アマチュアレスリングで実績を残すも大学へは進学せず、新日本プロレスに入団。
②プロレスラーとして「強さ」を追い求め、幾多の戦いに挑む。
③「いつ何時、誰の挑戦でも受ける!」これぞ「イノキイズム」柴田勝頼は継承者。
④「ザ・レスラー」として誰よりもプロレスを愛し、誇りを持ち、魂で闘う!この戦う姿がいちばんの魅力。

ここまで長々と書いてしまいましたが、本当は柴田勝頼を語る上でことばはいらないのです。
闘いを見ればそれがわかることだし、本人もコメント等あまり多くは語りません。
柴田勝頼の闘う姿、彼の「いきざま」そのものが、「ザ・レスラー」であり「プロレスラー」なのです。

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