ユリア・リプニツカヤの引退理由とは?愛称は?キャンドルスピンについても

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ィギュアスケート現行ルール下での冬季オリンピックの史上最年少金メダリストと言えば?
『ユリア・リプニツカヤ』さんです。

2018年現在で、まだ20歳と非常に若いのですが2017年に現役を引退してしまっているのです。
「カロリーナ・コストナー」選手や「鈴木明子」選手、同じロシアでは「イリーナ・スルツカヤ」選手などが30歳手前まで現役で活動していますよね。

19歳での引退って早すぎますが、リプニツカヤさんに一体何があったのでしょうか?
また、ロシアの人の愛称って日本には考え付かないような物がありますよね。
例えば「プルシェンコ」さんや「メドベージェワ」選手は『ジェーニャ』が愛称だそうです。
リプニツカヤさんの場合どんな愛称なんでしょうね。
また、リプニツカヤさんの代名詞技でもあるキャンドルスピンについても合わせて調べてみました。

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ユリア・リプニツカヤのプロフィール

ユリア・リプニツカヤ
出典:https://www.sports.ru/
名前:ユリア・ヴィアチェスラヴォブナ・リプニツカヤ(Julia Viacheslavovna Lipnitskaia)
生年月日:1998年6月5日
出身地:ウラル連邦管区スヴェルドロフスク州エカテリンブルク
身長:160cm
血液型:B型
引退:2017年9月9日

がリプニツカヤさんを妊娠中に、父は兵役に就いて帰ってこなかったそう。
その為、母1人子1人の生活だったようです。
何と母が18歳の時の子だそうで、父とは正式に結婚してなかったとか。

その中で4歳からスケートを始め、本格的にスケートをする為に10歳で故郷からモスクワに引っ越しています。
これは「エテリ・トゥトベリーゼ」氏に見出され招待された為で、最初は車内で生活し通信教育で学ぶほど経済的に苦しい時もあったそうです。
それでも娘のスケートの為にモスクワへ行くことを決意した母はすごいですね!

リプニツカヤさんが尊敬する選手は「浅田真央」「カロリーナ・コストナー」「羽生結弦」「ハビエル・フェルナンデス」「パトリック・チャン」の各選手の名をあげています。
羽生選手との2ショットの嬉しそうなリプニツカヤさんの写真は有名ですよね。

ユリア・リプニツカヤと羽生結弦
出典:Twitter

「町田樹」さんと写った写真とは対象的です。
リプニツカヤさんの趣味は乗馬、料理、手芸、絵画、編み物、音楽を聞くこと、自然、特に湖の写真を見ることだとか。
乗馬が趣味ってお嬢様な感じですが案外ロシアでは普通なんでしょうか。

ジュニア時代にはバルティック杯、ワルテル・ロンバルディ杯の2大会連続で優勝し、その結果ジュニアグランプリファイナルの出場権を獲得したんです。
そのジュニアグランプリファイナルでも優勝し、世界ジュニア選手権で優勝とジュニア時代からすごい実績ですね!
シニア転向後のリプニツカヤさんは、グランプリファイナル、ロシア選手権で2位、ヨーロッパ選手権優勝を経てソチオリンピックで団体戦のSP、FS共に滑り金メダリストになりました。
その団体戦の疲れの影響があったのか、女子シングルでは5位入賞止まりが残念でしたね。
オリンピック金メダリストには変わりないため、ロシアの功労スポーツマスターの称号を得ています。

ユリア・リプニツカヤの引退とは?

2018年現在、リプニツカヤさんは20歳です。
まだまだ競技できそうな年齢ですが、何故こんなに早く引退してしまったのでしょうか?

調べてみると、ソチオリンピックの後の不振ケガ、そして摂食障害が理由のようです。
ソチオリンピック団体戦後、金メダル獲得に大きく貢献したとなれば女子シングルでの金メダルの期待は高まりむしろプレッシャーもすごかったでしょう。

ユリア・リプニツカヤが引退
出典:https://katarina.xsrv.jp/

しかし結果は5位で待っていたのは手のひら返しのメディアでした。
リプニツカヤさんは元々内向的な性格でもあり、メディアへどんどん不信感を募らせていったのも無理はありませんよね。
「記事の中で正しい情報は二つの単語しかありませんでした。『ユリア』と『リプニツカヤ』」と言う位、あることないこと書き立てられてしまったのです。
気にしたくはないけど繊細な性格の人は完全に気にしないのは不可能ですよね。

そしてリプニツカヤさんは摂食障害の一種である拒食症になってしまい、これを引退時に公表しています。
明言こそしていないものの、拒食症の原因はメディアの過熱報道が原因の1つであることは間違いなさそうです。
中には摂食障害をある程度克服できる人もいるかもしれませんが、リプニツカヤさんには競技を続けながら克服していくのは困難だったんでしょうね。
引退時は指導者にはならないと断言していましたが、2018年3月にエレーナ・イリニフさんとフィギュアスケート養成機関「チャンピオンズ・アカデミー」を結成し、指導者として活動しています。

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ユリア・リプニツカヤの愛称が気になる!

シアではリプニツカヤさんは『ユーリャ』と呼ばれているようです。
「プルシェンコ」さんや「メドベージェワ」選手の愛称『ジェーニャ』、「マリア・ソツコワ」選手は『マーニャ』で名前の末尾に『ャ』がつく愛称が多いのでしょうか。
もちろん例外もいて「アリーナ・ザギトワ」選手は『リーナ』だそうですが・・・。

しかし日本では別の愛称があることをご存知ですか?
あくまでネット上のことではありますが、氷上の妖精と称されるほどかわいらしいリプニツカヤさんを一部では『兄貴』と呼ばれ愛されているそうです。
サッカーの「澤穂稀」さんなら強烈なキャプテンシーもあり兄貴でも納得ですが、何故リプニツカヤさんが?と思いますよね。
調べてみると、彼女の強気かつある意味気持ちのよい発言が原因でした。

ユリア・リプニツカヤの愛称「リプ兄貴」
出典:https://news.goo.ne.jp/

ソチオリンピックの女子シングルの前に韓国メディアから「モスクワでの練習はどうでしたか?」と聞かれたことに対し『いい練習ができました。メディアが邪魔でしたけど。』と言っているのです。
きっと他の選手も言いたいけど言えない言葉じゃないでしょうか。
この時は「キム・ヨナ」さんが連覇を期待されていた為、メダル有力候補の選手のところに「前回金メダリストのキム・ヨナ選手をどう思うか?」を知りたかったようです。
それに対してもリプニツカヤさんは「空白期間が長かったのでは。私は試合でキム・ヨナ選手の試合を直接見たことがない。最近出場した大会もすべてB級。」と言っています。
もちろん韓国メディアは憤慨していましたが、この怖いもの知らずの発言に日本のネットユーザーからは『リプ兄貴』と賞賛されていたのです。
本来は内向的な性格で、かつ当時は今以上に若い15歳だったこともありしつこい取材に我慢ならなかったんでしょうね。

ユリア・リプニツカヤと言えばキャンドルスピン!

ィギュアを見たことがある人ならリプニツカヤさんとセットで、『キャンドルスピン』という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?
ただ、正確に説明できる人はそう多くないと思います。

キャンドルスピンはビールマンスピンのバリエーションの1つで、背中ごしに上げた右脚を体にくっつけて本来は靴のブレードを持つ両手で足首をつかむのが特徴なんです。
特別な名称はありませんが、「荒川静香」さんがトリノオリンピックでの演技で使用したイナバウアーもバリエーションの1つで新しい技ではないといった考え方と同じですね。
では何故ビールマンスピンのバリエーションの1つに名称があるのでしょうか?

実はリプニツカヤさん自身が名づけたんです。
自身の特異な柔軟性を生かし、足を180度上げた姿が1本のろうそくのように見えるからというのが由来だとか。

ユリア・リプニツカヤのキャンドルスピン
出典:https://ameblo.jp/

このキャンドルスピンができるのはリプニツカヤさんしかいません。

ソチオリンピックの頃のリプニツカヤさんは、2018年の「ザギトワ」選手のようにミスが少なく技術表現力共に高く評価されていましたが、特にスピンのレベルが非常に高い選手でした。
その中でも、自分しかできないというこのキャンドルスピンは大きな武器であり代名詞となったのです。
キャンドルスピンをするには驚くほどの柔軟性が必要ですが、この柔軟性があったのはもちろんリプニツカヤさん自身の努力もさることながら母の努力も関係しているようです。

リプニツカヤさんが生まれてまもないころから股関節のなどのストレッチを行っていたり、幼いころは新体操の経験をさせていたんだとか。
スピードスケートの「高木美帆」選手も「小さいころは複数のスポーツの経験を勧める」と言っていましたが、リプニツカヤさんも新体操の経験がフィギュアに生きた可能性は高いでしょう。
引退してしまったので、このキャンドルスピンがもう見られないのは大変残念ですね。

最後にまとめ

かがでしたか?
リプニツカヤさんについて簡単にまとめると

①4歳からスケートを始め、エテリ・トゥトベリーゼさんに見出されて10歳でモスクワへ行きジュニア時代から頭角を現しソチオリンピック団体金メダリストに。
②オリンピック後の不振、ケガ、メディアの過熱報道から摂食障害の一種である拒食症に苦しみ引退。現在はフィギュアスケート養成機関「チャンピオンズ・アカデミー」で指導者として活動。
③ロシアでの愛称は『ユーリャ』だが、日本のネットユーザーからは歯に衣着せぬ強気な発言から『兄貴』と称賛されていた。
④キャンドルスピンはビールマンスピンのバリエーションの1つでリプニツカヤさんにしかできず、命名したのもリプニツカヤさん自身。

といったところでしょうか。
現在は指導者として活動しているリプニツカヤさんですが、もし機会があれば日本のアイスショーに出演して欲しいですね。
そして代名詞のキャンドルスピンをもう1度ファンに見せてほしいです!

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