「スター誕生!」から生まれた「花の中三トリオ」の1人、山口百恵さん。その洗練された見た目や大人びた歌詞、憂いのある眼差しで大ブレイクとなりました。三浦友和さんとの結婚を機に電撃引退し、まさに伝説となったアイドルですね。そんな山口百恵さんは、現在どうやって収入を得ているのでしょうか。
今回は、山口百恵さんの現在の収入源や病気の噂について、調査しました。
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山口百恵はやっぱり凄かった!
歌手、女優として活躍し、21歳で三浦友和さんと結婚を機に電撃引退した、山口百恵さん。引退後は表舞台から姿を消していますが、自宅のある国立市でたびたび目撃情報があるようですね。
「ひと夏の経験」がブレイク後、「赤いシリーズ」「伊豆の踊子」が大ヒットで、歌、映画、ドラマの全てがブレイクし、引退まで全て大成功をおさめるという、伝説のアイドル。後にも先にも、山口百恵さんしかいないのでは、と言われるほどのすさまじい人気でした。当時としては珍しく、ライブに「自分専用のスタッフ」を求め、プロダクションと喧嘩することもあったそうですよ。それほど自分の信念を大事にする方だったのですね。
電撃引退
結婚のために芸能界を引退したいと申し出た際は、所属事務所の社長も「そう言うと思っていた」と言ったそうです。1980年、武道館でのラストコンサート「伝説から神話へ」を終え、電撃引退しました。その直前には、「私の好きな人は三浦友和さんです」と衝撃告白し、同時に引退も発表します。ライブのラストで白いマイクを置く姿は、メディアで何度も放送されました。最後は「さよならの向こう側」の歌詞にあわせ、「約束なしのお別れ」をファンに告げたのです。
出典元:山口愛瑪仕小姐
山口百恵の現在の収入源は?
山口百恵さんの現在の収入源は、「歌唱印税」「キルト作家としての収入」が主だと思われます。
歌唱印税
山口百恵さんの曲はカラオケでも多く歌われ、今でもCDの売り上げ収入が入ってきます。しかし、現在はサブスクが主流となっているので、昔のレコード印税より収入は低くなったそうです。山口百恵さんは2020年にサブスクが解禁になり、100万回再生で1万円入る計算なんだとか。売れていたとはいえ、自身で作詞・作曲をしていたわけではなく、大手事務所に大半がとられていたと思います。
山口百恵さんは、1978年、1979年に高額納税番付でランクインしていました。当時の申告所得額は、4000万円~5000万円ということで、歌手の中で10位以内に入るほどの高収入と言えます。当時と比べると現在の歌唱印税は、無いに等しいようですね。
キルト作家
山口百恵さんは現在、本名の三浦百恵としてキルト作家として活躍しています。キルト作品の第一人者・鷲沢玲子さんに師事し、キルトを習いはじめ、家族にプレゼントするうちにすっかりはまっていったそうですよ。現在は講師として、友人に教えられるほどの腕前になったとか。また、「東京国際キルトフェスティバル」への出演や、キルト作品集「時間の花束」の出版もおこなっています。
出典元:ANNnewsCH
この作品は20万部を売り上げ、その全ては震災被災地に寄付しています。山口百恵さんは、すでに30年以上もキルト作家として活躍しているようですね。
山口百恵は病気?
山口百恵さんについて調べていくと病気の噂を目にします。しかしこれは噂にしかすぎないようです。ではなぜ山口百恵さんに病気説が出るのか理由を見ていきましょう。
芸能界復帰をしないから
21歳で芸能界引退後から公の場に出てこない山口百恵さん。それが病気だから出ないのでは?と憶測されているようです。
夫である三浦友和さんが「素質があるから女優は続けた方がいい」と言っても山口百恵さん自身は復帰を考えたことがないそうです。
病院へ行く姿を週刊誌にとられたから
芸能界引退から数十年たった今でも伝説のアイドルだった山口百恵さんのプライベート写真をとろうとする週刊誌は少なくありません。たまたま撮られた写真が病院へ行く姿だったため、病気なのでは?と噂が広がりました。
ただ本人からのコメントもありませんし、健診の可能性も考えられますね。
山口百恵と三浦友和の馴れ初め
山口百恵さんも人気アイドルでしたが、三浦友和 若い頃も人気俳優でした。この2人は昭和を代表する“理想のカップル”として今もよく語られます。ゴールデンカップルと言われた二人の馴れ初めを見ていきましょう。
出会いはCM撮影
最初の出会いはグリコのCM撮影でした。実は当初は山口百恵さんと別の男性タレントでグアムで撮影していましたが、出来がうまくなく急遽撮り直しをすることに。また海外まで行く時間もない、売れっ子俳優のスケジュールは抑えられないで、選ばれたのは三浦友和さん。
1974年、山口百恵さん15歳、三浦友和さん22歳の時で、まさにスター街道を走り始めたタイミングでした。
このCM撮影がお似合いすぎると話題になり、「伊豆の踊子」の山口百恵さんの相手役に三浦友和さんが選ばれました。
仕事の現場で何度も顔を合わせるうちに、ただの共演者ではない関係になっていった流れが見えてきます。
共演を重ねて距離が縮まった
2人は「伊豆の踊子」以降も何度も共演し、見る人の間でも“お似合いすぎる”と話題になっていました。実際、多い年には半年近く同じ現場にいるとも言われるほど、一緒に過ごす時間が長かったようです。
三浦友和さんは後年、山口百恵さんについて、まだ10代なのに自分の考えをしっかり持って主張できるところに惹かれたという趣旨の話をしています。ただ綺麗なアイドルというだけではなく、中身の強さや賢さが、交際につながる大きな理由だったのかもしれません。
恋人宣言から結婚へ
2人の交際が大きく話題になったのは、山口百恵さんが1979年のリサイタルで「私が好きな人は三浦友和さんです」と、恋人宣言をしたことでした。今でこそ珍しくない言葉ですが、当時のトップアイドルが公の場で恋人の存在を明かすのは、かなり衝撃的な出来事だったようです。
そして1980年、山口百恵さんは21歳で三浦友和さんとの結婚と芸能界引退を発表しました。人気絶頂での引退は今も“伝説”として語られていますが、その決断の中心には三浦友和さんとの人生を選ぶ強い意志があったのだと思います。
まとめ
今回は、山口百恵さんの伝説や現在の収入について、紹介しました。山口百恵さんはアイドルとして数々の伝説を残しましたが、結婚を機に芸能界とは一切かかわっていません。
現在はキルト作家としての才能も発揮しており、歌唱印税とあわせると十分な収入があるようですね。病気の噂もありますが、いつまでもおしどり夫婦として仲つづまじい姿を見せてほしいですね。いつかテレビでの夫婦共演にも期待したいです。






