原辰徳監督は巨人だけじゃない!?WBCの監督も務め日本を優勝に導く!

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在巨人の監督を務めているのは「高橋由伸」監督ですね。
ではその前任の監督はだれか知っていますか?
前任の監督は『原 辰徳(はら たつのり)』監督でした。
原辰徳監督は2015年まで巨人の監督を務めていました。
由伸監督が巨人の監督に就任したのは2016年のことでした。
原辰徳監督は巨人をリーグ優勝日本一にも輝いた名将ですね。
現在巨人はBクラスに転落。
2016年はクライマックスシリーズに進出するも横浜DeNAベイスターズに延長戦の末に敗れてしましました。
由伸監督が就任するその前はそんなチームだったのか紹介していきます。

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原辰徳のプロフィール

原辰徳
出典:Twitter
名前:原 辰徳(はら たつのり)
出身地:神奈川県相模原市
生年月日:1958年7月22日
身長:181cm
体重:88kg
プロ入り:1980年 ドラフト1位
所属球団:読売ジャイアンツ (1981 – 1995)
デビュー:1981年4月4日
監督歴:読売ジャイアンツ (1999 – 2003, 2006 – 2015)

辰徳監督は15年間巨人で現役生活を過ごしました。
原監督は15年という現役時代の中で10年間巨人の四番を任されていました。
引退後は監督に就任しますが、現役時代は四番を任されるほどの選手でした。
通算本塁打は382本。
350以上のホームランを打ちました。
現在の横浜DeNAベイスターズ監督の「アレックス・ラミレス」監督は380本なので、それより2本多いですね。

高校は東海大相模高校出身。
大学は東海大学に進学しました。
現役時代サードレフトファーストを守っていましたが、あまり守備はうまい方ではありませんでした。

原辰徳は長年巨人の監督を務めた! 巨人を日本一に!

辰徳監督は1981年にプロ入りし、1995年に現役を引退しました。
その4年後の1999年に巨人のコーチになりました。
そして2001年には原辰徳「監督」が誕生。

原監督が巨人の監督に就任したころは「上原浩治」選手がまだ巨人にいました。
また「清原和博」選手もまだ現役で巨人の四番を打っていました。
「松井秀喜」選手がまだ日本にいて、現在巨人の監督を務める「高橋由伸」監督が3番を打っていました。

原監督は監督就任の1年目からリーグ優勝を達成
さらに日本シリーズを全勝し、日本一になりました。
ちなみに「新人監督で日本シリーズ全勝で日本一」は史上初のことでした。
原監督の前任はあの「長嶋茂雄」監督でした。
長嶋茂雄監督の意思をしっかり引き継ぎました。
翌年のシーズン終了後に監督を解任されますが、2006年に再び監督に復帰。
2015年まで約10年間、巨人の監督を務めました。
最初の監督期間も含めるとなんと12年も巨人の監督を務めたことになります。
そのうち11回Aクラス、1回Bクラスという優秀な成績を残しました。

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原辰徳の監督時代はどんな選手がいた?

辰徳監督はいったいどんな監督だったのですか?11回チームをAクラスに導いた監督ですね。
原監督はセリーグの最優秀監督賞に4回選ばれています。
初めて日本一になったのは監督に初めて就任した時は2001年でした。
原監督は12年間監督で3回日本一になりました。
2002年のほかに2009年、2012年に日本一になりました。
2009年は3番は「小笠原道大」選手がいて4番には「アレックスラミレス」が打っていました。
オガラミコンビとも呼ばれていました。
小笠原選手は現在中日ドラゴンズの2軍監督を務めています。
ラミレス選手は現在横浜DeNAベイスターズの監督を務めています。
ほかには現在でも現役の「亀井」選手がいました。
「李承燁」選手もまだ巨人にいました。
2012年には1番に「長野」選手が座り3番には「坂本」選手がいました。
2012年は原監督にとって3回目の優勝でした。
投手にはまだエースに「内海哲也」選手がいました。
ほかには「杉内俊哉」選手もいました。
リリーフには「山口哲也」選手がいました。
エースには内海選手と杉内選手のWエースにリリーフには山口哲也選手のほかには「西村」選手がいました。

原辰徳は国際試合の監督も! 日本一に導く

人でなんどもリーグ優勝、日本一を経験した原辰徳監督は国際試合の監督にも就任しました。
現在日本のプロ野球日本代表選手のことを『サムライジャパン』と現在いいますね。
その『サムライジャパン』と名付けたのは原監督なんですよ!
原監督が名付けた『サムライジャパン』って今でも使われていますよね。
この大会の主人公は「イチロー」選手でした。
イチロー選手は日本でも有名な野球選手の一人ですよね。
しかし今大会では調子が悪く特に予選では活躍することができませんでした。
しかしアメリカに場所が移るとだんだんイチロー選手の調子が上がってきました。
イチロー選手はホームランを打つことはありませんでしたが勝負強いバッテイングを披露しました。
予選で調子が悪くてもスタメンから外さなかった原監督もすごいですよね。
結果イチロー選手が決勝戦で勝ち越しタイムリーを打ち延長戦を制しWBC優勝を達成しました。
イチロー選手が勝ち越しタイムリーを打った後の裏は「ダルビッシュ有」選手が締めて見事胴上げ投手になりました。
当時はダルビッシュ有選手やイチロー選手のほかにも「城島健司」選手や「岩隈久志」選手などがいました。

最後にまとめ

かがでしょうか?
原辰徳監督について簡単にまとめると

①現役時代は10年間巨人の四番を任される。引退後は巨人の監督に就任。382本のホームランを現役時代に打った
②原監督のは12回監督を務めてBクラスはたったの1回。11回Aクラスだった。日本一は3回経験
③原監督が監督を務めた当時は清原選手がまだ現役だったり現在巨人の監督を務める高橋由伸選手が現役だった。松井秀喜選手もいた
④原監督はWBCの監督にも。原監督は『サムライジャパン』の親。不調だったイチロー選手をスタメンから外さず使い続けそのイチロー選手は決勝で勝ち越しタイムリーを打った。

原監督は巨人だけではなく日本も優勝に導いたすごい監督だったんですね。
当時はすごい選手がたくさんいました。

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  • 2018 09.18
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