ケンドリス・モラレスの気になる打撃成績は?経歴や年俸と表彰記録も

トロント・ブルージェイズで復活を遂げたキューバ出身の野手と言えば?
『ケンドリス・モラレス』選手ですよね!

モラレス選手はキューバ時代は2年間で30本塁打を打つ活躍を見せていました。
打率も1年目は.324でしたが、2年目は.391まで上げているんです!

2年目の本塁打は9本に終わっていますが、打率が4割近くまで上がっているならメジャー球団も欲しがるのは無理ないですね!

そんなモラレス選手ですが、メジャーに移籍してからの打撃成績はどれくらいなのでしょうか?
入団当初から近年のものまで詳しく見ていきたいと思います!

また、経歴についても気になるところだと思います。
キューバ出身の選手は数多くいますが、どの様な生活を送ってきているのでしょうか?

年俸や表彰記録と共に早速迫っていきましょう!
一度は落ちかけたモラレス選手ですが、見事に復活したその成績を見ていきましょう!

[quads id=1]

ケンドリス・モラレスのプロフィール

ケンドリス・モラレス
出典:http://www.zimbio.com/
名前:ケンドリス・モラレス
出身地:キューバ サンクティスピリトゥス州
生年月日:1983年6月20日
身長:185cm
体重:102kg
プロ入り:2004年 ドラフト外
デビュー:2006年5月23日

モラレス選手がプロ入りとなった2004年ですが、日本ではどのような選手がプロ入りとなったか覚えていますか?

西武では現在ロッテのエースとなっている涌井秀章投手が入団となっており、日本ハムにはダルビッシュ有投手が入団となってる年となっているんです!

多くの選手が入団となった2004年でしたが、実はこの年に指名された選手たちはもうその球団にはいない選手がほとんどなんです。
それもそうですよね!
あれからもう14年が経過してしまったのですから!

1番驚きなのは2004年に楽天の7位指名を受けた平石洋介選手が今は代行ながら監督をやっているという事ですね!
生え抜きとして大活躍するまでには至らなかった平石選手でしたが、コーチとしては大成したと言えそうですね!

平石氏以外にも、選手としてよりもコーチとしての方が認められた人は大勢います。
選手としてやっていくことだけがプロの道ではないと思うので、他の選手も色んな道で頑張ってもらいたいですね!

ケンドリス・モラレスの打撃成績は?

モラレス選手は入団1年目となる2006年は57試合の出場に留まりました。
安打数は46安打となってるので、主にスタメンで起用されていたようですが、期待に応える事は出来なかった様ですね。

気になる本塁打数もこの年は僅かに5本に終わってしまっており、打率も.234となっていたんです。
全てていいとこなしでしたね。

2年目の2007年も43試合に出場して35安打、4本塁打に終わってしまいましたが、この年の打率は.294となっていたんです!
安打数はあまり多くないですが、その分打席数が少なかったんですね。

活躍の兆しが見えた2年目でしたが、3年目の2008年は27試合と更に出場数を減らしてしまったんです。
本塁打は3本塁打を放っているので、前年よりもペースは良かったですが、思うように期待に応えられていないですね。

この年は13安打で打率.213となってしまいました。
この年に出場数が減ってしまったのはこの低打率が原因かもしれませんね。

でも、2009年には見せてくれたんです!
2009年は152試合に出場しているんです!
見事にレギュラーを獲得しているんですね!

この年に記録した安打数も173安打となっており、43二塁打に加えて34本塁打を放っているんです!
一気に覚醒したモラレス選手!

打点も初の100打点となる108打点を記録しており、打率も.306をマークしました。
3割30本100打点を記録できればもう申し分ないですね!
これぞキューバ出身の野球選手!と言う感じですね!

しかし、翌年2010年はまた51試合の出場に終わってしまったんです。
打撃成績は56安打、11本塁打、57打点、打率.290と勢いのある数字を残していたんです。
なのに出場出来なかったと言う事は?
そうです。モラレス選手は怪我しているんです。

死球による怪我ならまだ良かったのですが、自分の不注意による怪我だったので非常に残念であると言えそうですね。
日本でも巨人の杉内俊哉投手が昔指を骨折すると言うことがありましたが、これは自分でベンチを殴打した事で起きた怪我でした。
モラレス選手はそんな事はしていませんが、防げた怪我であったと思うので、首脳陣には呆れる人もいたかもしれないですね。

怪我でチームに貢献できなかった2010年でしたが、2011年には復活を遂げて134試合に出場しました。
しかし、完全復活とはいかなかったんです。

この年の打撃成績は、132安打、22本塁打、73打点、打率.273となっていたんです。
2009年の時と比較してしまうと物足りない数字となってしまいましたね。

2013年には156試合の出場で167安打を放ちました。
打席数が多かった影響で打率は.277と伸び悩みましたが、打席数を与えられていると言う事は、期待されている証拠であると言えるので嬉しいですね!

前年よりも100打席以上が多かった2013年でしたが、この年記録した本塁打は23本に終わっているんです。
極端に多い数字とは言えないですね。

また30本塁打以上を打って大活躍したいところだと思いますが、2014年は大不振に陥ってしまったんです。
シーズン途中でトレードされているのですが、移籍前の成績は39試合で1本塁打となっているんです!
酷い数字ですね。

移籍後は59試合で7本塁打を放ちましたが、打率は.207とかなり低迷してしまいました。
2球団合わせた成績でも98試合で80安打、8本塁打、42打点、打率.218となっているんです。
1年通してこの成績なのであれば、凄く調子を落としていると言えますね。

でも、ここまで成績を落としてしまったのはこの年だけとなっているんです。
翌年2015年には早くも復活を遂げているモラレス選手!
不振が長引かなくて良かったですね!

不振からの脱出をした2015年ですが、158試合で放った本塁打は22本塁打となっているんです。
本塁打の数はそこまで伸びなかったんですね。

しかし、安打数は165安打を放っており、打率も.290をマークしました。
打点も久し振りに106打点を挙げており、完全復活と言える年となったと思いますね!

2016年も154試合の出場で147安打、93打点、打率.263となりました。
打率は低めでしたが、この年は30本塁打を放っているんです!
自身2度目の30本塁打をやっと記録できましたね!

2017年は150試合で139安打となりました。
打率も.250と低くなっていましたが、本塁打は28本を記録しました。
30本塁打には届きませんでしたが、近い数字を残せているので素晴らしいと言えそうですね!

でも、もうモラレス選手の年齢的にも全盛期の頃よりは体力も衰えてきています。
40歳前でもキャリアハイの成績を残せる選手はいますが、それは極僅かな選手に限られます。

なので、これから40本塁打打ってほしい!なんて望みは叶わないと思いますが、本人の頑張り次第ではまだ20本塁打以上は数年間打ち続けられると思うので、最後のひと踏ん張りを見せてほしいですね!

[quads id=2]

ケンドリス・モラレスの経歴は?

モラリス選手はキューバのサンクティスピリトゥス州で産まれました。
この街はキューバ国内のちょうど中央辺りにある街ですが、人口465.468人と大きい街となっています。
こな街がどんな街なのかは詳細はあまり出ていないので詳しくはわかりませんでした。
しかし、詳細があまりでないと言うことは、目立つ街ではないと言う事ですね。

幼少期の頃から当然のように野球に携わってきたモラレス選手は、投手として活躍してきたんです!
投手だったなんて意外ですね!

2001年の7月にキューバで開催された第35回AAUジュニアオリンピックの決勝戦で、アメリカのスコット・カズミアー投手と投げ合って勝利投手となっているんです!
しかも、モラレス選手はカズミアー選手から本塁打を放っているんです!
野手としてもこの頃から良かったんですね!

ところでカズミアー選手がどんな選手か知っていますか?
カズミアー選手はメジャーで活躍する投手なんです!
通算で108勝を挙げており、シーズン2桁勝利も8度記録しているんです!
すごい投手になっているんですね!

現在は残念ながらフリーエージェントとなってるので所属球団はありません。
しかし、直近の2016年には10勝6敗の成績をドジャースで挙げているので、まだやればできるのだと思います!

投手で大成したカズミアー選手に対してモラレス選手は野手として頭角を現し始めました。
投手で結果を残していながら野手としての評価の方が高かったんですね!

この頃、投打ともに良かったモラレス選手はオマール・リナレス氏の後継者として期待されるようになったんです!
リナレス選手と言えば日本の中日ドラゴンズで野手としてプレーしていた選手です。
中日での結果はあまり良いとは言えませんでしたが、キューバ国内リーグでは結果を残していたので、キューバでは有名人だったんですね!
そんな選手の後継者なんて名誉な事ですね!

この後、モラレス選手は本格的に野手に転向しました。
しかし、この時はまだ2001年のシーズン中だった事もあって何度か投手として登板することもあったようですが、基本的には一塁手や三塁手として出場していたようなんです!
投手とし登板することがあったのであれば本格的な転向とは言えないですね!

この年は新人として活躍していたのですが、打撃9部門の新人記録を塗り替える大活躍をしてるんです!
1年目からすごい活躍だったんですね!

この時モラレス選手の同期に日本で問題を起こしたユリエスキ・グリエル選手がいるんです。
グリエル選手と共にキューバを支える選手へと成長していくんですね!

その後2003年の10月のワールドカップに出場したモラレス選手は準決勝でチャイニーズタイペイから本塁打を放つ活躍を見せて、11月のアテネオリンピックの地区予選にも参加していました。
ここまで順風満帆でしたね!

しかし、ここから急展開を迎えるんです!
このままこのオリンピックでも活躍してやる!と言う気持ちが強かったと思いますが、この予選の3回戦に急に選手交代を告げられてそのままキューバに送還させられているんです!
訳がわからないですね!

しかも、訳の分からない仕打ちはこれだけではなかったんです!
そのあと、所属していたチームと代表チームを永久追放となってしまったんです!
何か問題を起こしたのであれば理解できますが、モラレス選手は真面目にやっていたので問題なんて無縁となっていました。
それなのにどうしてこんな仕打ちを受けたのでしょうか?

それは、亡命にあったんです。
この当時、モラレス選手が亡命を企てていると噂されていたので、国内政府がそれを阻止する意味でとった行動だったんです!
それにしても許せないですね!

実際この時モラレス選手に亡命の意思はなかったようですが、こんな仕打ちを受けたことによってキューバに不信感を抱いてしまい、亡命する意思を固めたんです。
キューバ政府がモラレス選手を亡命させたと言っても過言度はないですね。

でも、モラレス選手はいきなり亡命が成功したわけではないんです!
何度も亡命を試みてはその度に見つかって当局に72時間拘束されるという事を繰り返していたんです。
何度もやるなんて、もうよっぽど嫌だったんですね!

結局2004年6月9日に18人の仲間と共に高速ボートに4時間乗ってアメリカのフロリダに行き着いているんです!
この後、第三国のドミニカに渡って亡命を成功させているんです。
念願の亡命が成功しましたね!

ドミニカに移住することになったモラレス選手ですが、ドミニカはメジャーのドラフト対象国ではありません。
その為、メジャーの球団に入団するにはフリーエージェントとして交渉していくしかないんですね!

でも、モラレス選手獲得に熱心な球団があったんです!
それがエンゼルスだったんですね!

エンゼルスと6年契約を交わし、当時メジャーにいたボビー・ジェンクス選手を40人枠から外してまでモラレス選手を登録しているんです!
すごい高い期待を背負っていたんですね!

エンゼルスでずっと全うしていきたかったかもしれませんが、6年経った2012年のオフにマリナーズへとトレードされてしまったんです。
現在もいろんな球団を渡り歩いていますが、プレーできる球団は常にある状態となっています。

自らが引退を決意するその時までどこかの球団でプレーし続けてほしいですね!

ケンドリス・モラレスの年俸や表彰記録は?

モラレス選手は2004年にエンゼルスと6年契約を交わして入団となりました。
この契約での総額は450万ドルとなっており、日本円にして約5億円となる金額で契約してるんです!
いきなり6年契約なんてかなり高待遇と言えますね!

これでエンゼルスに在籍している6年間は安泰となったのですが、2012年にはマリナーズにトレードされてしまいました。
その時には既に主力選手として活躍していたこともあってマリナーズでの年俸は約5億8000万円となったんです!
順調に年俸は上げているようですね!

2014年はツインズでのプレーとなっていますが、シーズン途中にまたマリナーズへと復帰となりました。
かなり珍しいパターンでしたが、この年の年俸は8億1000万円となっているんです!
前年から3億円近くも上がっているんですね!

2015年は7億1000万円へと下げてしまいましたが、2016年には12億円となっているんです!
一気に5億円も上がっているんですね!

それからは年俸に変動はありません。
2017年に3年総額3300万ドルで契約しているので、この3年間はあまり年俸が変動する事はありません。

しかし、2017年の年俸が1000万ドルとなっていたので、2019年の年俸は1200万ドルになる事が確実となっています。
日本円にすると約13億円となるので、現在よりもまた少し上がることになります。
一般人からすると破格の金額ですね!

複数年契約は頑張り次第で金額が変わるわけではありません。
しかし、サボっていると契約が終了した時に高待遇での契約ができなくなってしまいます。
なので、10年などの大型契約を除く複数年契約は複数年だからと言って安心する事は許されないんですね!

モラレス選手はもうすでに35歳となっています。
年齢的に高待遇の契約を交わす事は困難であると思われますが、代理人次第ではまた3年契約くらいは勝ち取れる可能性も秘めています。

30代後半となってくるともう引退を意識していかなくてはいけませんが、元巨人の村田修一選手のようにまだ動けるのに引退せざるを得ない状況となるのは可哀想でなりません。
プロの世界はそれだけ厳しいと言う事ですね。

特に村田選手の場合は選手としての実力よりも、普段の行動が問題視されて欲しがる球団がなかったと言われています。
村田選手のように派閥を作ったりなどのないモラレス選手は人間性でも評価されていると思いますが、現実どうなるかはわかりません。

実力は確かな選手ですが、実はこれまでに獲得したタイトルと言うのはほとんどないんです!
意外ですね!

過去にシルバースラッガー賞1回と月間MVPを1回獲得していますが、タイトルらしいタイトルの獲得はないんですね!
キューバ1年目に新人記録を数多く打ち立てて新人王に輝いていますが、メジャーではシルバースラッガー賞と月間MVPしかないんです。
意外ですよね!

これまでメジャー11年間プレーしてきて活躍してきましたが、ここまでタイトルを獲得できていない選手と言うのも珍しいと思います。
でも、賞を多く取れていないからと言って良くない選手と言うわけではありません。

これまで通算190本の本塁打を打った実力者なので、たとえ賞を受賞出来ていなかったとしても、ファンや首脳陣は評価している選手なので、これからも頑張ってほしいですね!

最後にまとめ

いかがでしたか?
最後にケンドリス・モラレス選手について簡単にまとめると

①30本塁打以上を記録したのは2度となっているが、一度極度の不振に陥りながら復活を遂げた。
最近は打率は下げているが、長打は安定して良い数字を残している。
②キューバでは当初投手をやっていたが、リーグ戦に参戦する時に野手に転向した。
キューバ政府の策略によって亡命を決めた後は幾度となく亡命に失敗した後にボートでアメリカへと渡ることに成功した。
③2017年から3年契約を結んでいるので2018年の年俸は12億円となっているが、2019年には13億円となる。
賞はこれまでに2つしか受賞していないが、賞の数=スター!ではない。

モラレス選手は現在はメジャーリーガーとして華々しい活躍をしていますが、キューバ政府がもしもモラレス選手に対して制裁を加えていなければモラレス選手は亡命していなかったかもしれません。

そうなるとメジャーに移籍していたかもわからない状態となります。

キューバはデスパイネ選手のようにキューバ国籍の野球選手は政府が管理しているので、給料も国の指定となってきます。

年俸全てが自分に入ってこないなんてありえない事ですが、それがキューバのやり方です。
このままではキューバの野球選手はこれからもどんどん亡命してしまうのでキューバの財政は厳しくなっていくばかりだと思いますが、政府が変化をしていかないことには難しいので、あまり期待は出来ないかもしれませんね。

でも、日本のファンとしてはどんな形であれ日本でプレーしてくれれば良いと思うので、今のままでも関係なさそうですね!

[quads id=4]