プロレスラー『橋本 真也(はしもと しんや)』の入場曲「爆勝宣言」を聞くと『胸が高まる』のは私だけでしょうか?
いや、多くのプロレスファンは“共感”していただけることでしょう。
そんな橋本選手は2005年7月11日、脳幹出血で倒れ、40歳の若さで亡くなっております。
今回は、この短いプロレス人生の中で多くの『伝説』を残し、さらには普通では考えられない『強烈なエピソード』があったことを取り上げ、偉大なレスラーであったことに迫っていきましょう。
そして橋本真也の息子である「橋本 大地(はしもと だいち)」選手が「破壊王子」としてプロレスラーになり、父が築き上げたプロレスの素晴らしさを継承できるのか、詳しく迫ってみましょう!
さらに、プロレス界において『時のひと』になれるかを検証していきたいと思います。
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橋本真也のプロフィール
出典:https://glassjaw.exblog.jp/
本名:橋本 真也(はしもと しんや)
ニックネーム:破壊王、闘魂伝承、ブッチャー、爆殺シューター、チンタ
生年月日:1965年7月3日
出身地:岐阜県土岐市
身長:183㎝
体重:130㎏
デビュー:1984年9月1日
得意技:垂直落下式DDT、袈裟切りチョップ、三角絞め、フライング・ニールキック、水面蹴り
1984年に新日本プロレスへ同期入門した「武藤敬司」「蝶野正洋」「橋本真也」で、1988年に『闘魂三銃士』というユニットを結成!
1990年代は、この3人が人気・実力とも不動のものにします。
そのときライバル団体でもある全日本プロレスでは、「四天王」として、故・「三沢光晴」「川田利明」「小橋建太」「田上明」が活躍!
この名レスラー達の中で「橋本真也」の功績を挙げると
- IWGPヘビー級王座(防衛回数20回)
※闘魂三銃士の中では一番 - G1 CLIMAX 優勝
※蝶野正洋 5回、橋本真也 1回、武藤敬司 1回 - IWGP・三冠ヘビー級王座の2代メジャータイトルを戴冠
※ベイダー、天龍源一郎、武藤敬司に続き4人目 - NWA世界ヘビー級王座
※闘魂三銃士の中では蝶野正洋、武藤敬司(グレート・ムタ)につづき3番目に戴冠 - 2001年 ZERO−ONE旗揚げ
※プロレス団体を立ち上げたのは、プロレスリング・ノア:三沢光晴、WRESTLE-1:武藤敬司
これだけの功績を残しているということで、「トップレスラー」であることは充分わかりますよね!
橋本真也の伝説がスゴイ!
ここからは橋本真也選手の『伝説』を取り上げていきます。
『時は来た』発言
1990年2月10日 東京ドーム大会メインイベントでの出来事。
「アントニオ猪木」・「坂口征二」 vs「 橋本真也」・「蝶野正洋」
この試合前控室にて、アナウンサーから戦いの心構えを訊かれ、
蝶野:「潰すよ、今日はよく見とけ!」
橋本:「時は来た!」「それだけだ」
このとき、蝶野選手がおもわず笑ってしまうのをごまかしている映像が話題に!
その後、多くのメディア等でも取り上げられるようになり、これを真似てプロレス好きの芸能人等がここぞというときに「時は来た!」と言っているのをテレビ等でよくみかけるようになりました。
それがいまだに語り継がれ『伝説』となっています。
出典:Twitter
伝説の試合 「橋本真也」 vs 「小川直也」
- 第1戦1997年4月12日(柔道オリンピック銀メダリスト 小川直也のデビュー戦)
IWGP王者 橋本真也に小川直也がデビュー戦勝利! - 第2戦 1997年5月3日(IWGP王者 橋本真也のプライドをかけた一戦)
IWGPのベルトをかけ、橋本が勝利! - 第3戦 1999年1月4日(アントニオ猪木・UFO vs 新日本プロレス)
アントニオ猪木が設立した「UFO」に小川が入り、猪木の指示のもと暴走します。これがUFO陣営と新日本プロレス陣営の乱闘にまでなり、試合は無効試合となります。 - 第4戦 1999年10月11日(橋本にとって名誉挽回の試合)
ここで橋本は敗戦し、名誉挽回どころかどん底へ突き落とされます。 - 第5戦 2000年4月7日(橋本真也「引退」をかけた試合)
覚悟を決めた試合であったが、無念のKO負け。そして「引退」…
この5連戦が、プロレス史上歴史に残る『伝説の試合』となります。
戦績は橋本の1勝3敗1引分と挫折することになるが、そこから這い上がる姿の橋本真也がまた絵になるといいますか、記録ではなく、記憶に残る生きざまを魅せられた気がします。
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橋本真也の強烈エピソードとは?
ここではプロレス以外の私生活も含めた、いろいろな強烈エピソードを取り上げ、橋本真也は「どんな人?」であったかを探っていきたいと思います。
出典:https://www.asagei.com/
- エアーガンで雀を撃ち、捕まえて料理し、後輩の天山に騙して食べさせた!
- 後輩の小島は大のセミ嫌い、そこでセミを200匹捕まえ、小島の部屋に解き放った!
- ノラ猫をエアーガンで撃ち、死なせてしまい河原まで運び、埋葬し供養!
- 凝り性な橋本は豆腐作りで、食材からこだわり2万円かけて用意したが、それが不味かった。そしてやるだけやって、片付けは後輩が…
- 坂口氏が大事にしていた高価な水虫薬の瓶を破る!
- 坂口氏が購入した栄養ドリンクを飲んでしまう!
- バットマンが好きで、自分用のコスチュームを特注でつくり、それを着て街を練り歩く!
- 海外遠征でアントニオ猪木のカードを使い、飲み食いや買い物をしまくる!
ここまでのエピソードをみても相当「破天荒」で、「ハチャメチャ」な生活を送っていることがわかりすよね。
近くにいた人は本当に大変だったでしょう!?(特に天山さん)
まさにプロレスラーになるべくして生まれてきたというのは、この人のことを言うのではないでしょうか。
橋本真也の息子・大地に時は来るのか?
出典:http://1000-pro.com/
橋本真也の長男として生まれ、中学1年の時に父を亡くし、プロレスラーを目指すことを決意。
中学から総合格闘技「蒼天塾」に所属、格闘家としての道を歩みはじめます。
2011年3月6日 蝶野正洋戦でプロレスデビュー!
当然世間からも2世ということで注目され、期待度は大!
デビュー2戦目は「武藤敬司」と対戦、その後も「高山善廣」「長州力」「佐々木健介」「中嶋勝彦」「藤田和之」「小川直也」と、名だたるレスラーと闘い、当然格の違いを見せつけられます。
厳しい言葉をかけられることも多かったですが、期待度は高く「父親からの意志は受け継いでいる」と太鼓判を押されることも…
そして、ついに2017年12月17日、大日本横浜文化体育館大会にて、チャンピオン「鈴木秀樹」からストロングヘビー級王座を獲得!
着実に実力はつけてきていることはわかります。
ただ父である橋本真也と比較してしまうと、大地選手は「破壊王子」と呼ばれているが、身体はまだ細く、父までとはいかないまでも「身体の大きさ」や「破壊力UP」には期待したいところです。
そしてなんといっても、ファンを魅了するあの熱い試合を大地選手にもやっていただきたい。
それが会場を超満員にし、プロレス界の発展にも繋がっていくことと期待してしまいます。
『まだまだ感』は大きいような気もしますが、決して不可能ではない!
そして「近い将来に」期待しているファンは多いと思います。
最後にまとめ
いかがでしたか?
橋本真也選手について簡単にまとめると
②『伝説』や『名勝負』があり、記録よりも記憶に残る選手であった。
③プロレスラーらしく破天荒で豪快な人生であったことがわかる。
④息子・橋本大地選手は父の意志を引き継ぎ、これからの「期待大!」
橋本真也選手はわずか40歳でこの世を去り、プロレス人生としては短いものでした。
しかし、プロレス界に残した足跡は偉大なものであったことは誰もが認めることでしょう。
そして息子・大地や、その後のレスラーたちにも橋本真也選手が残した『闘魂遺伝子』を受け継いでいってもらいたいものです。