堀内恒夫はV9(読売ジャイアンツ)時代のエース!引退試合でホームラン!?

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、黄金期を迎えているといっても過言ではないソフトバンクホークスと広島東洋カープ。
しかしその一方、球界の盟主と呼ばれた読売ジャイアンツはクライマックスシリーズすら出場できずBクラスにシーズンを終えました。
最近野球ファンになった人はきっと過去の巨人の強さを知らない人も多いことでしょう。

巨人は過去に9年連続でリーグ優勝した「V9」と呼ばれた時がありました。
当時の打線の軸となったのは有名な「王貞治」選手と「長嶋茂雄」選手。
では当時のエースは誰か知っていますか?

今回はV9の当時読売ジャイアンツでエースとして活躍した『堀内 恒夫(ほりうち つねお)』選手を紹介していきます。

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堀内恒夫のプロフィール

堀内恒夫
出典:Twitter
名前:堀内 恒夫(ほりうち つねお)
出身地: 山梨県甲府市
生年月日:1948年1月16日
身長:178cm
体重:73kg
プロ入り:1965年 ドラフト1位
所属球団:読売ジャイアンツ (1966 – 1983)
デビュー:1966年4月14日

内選手は1965年のドラフト会議で1位指名を受け、読売ジャイアンツに入団しました。
ちなみに当時行われた1965年のドラフト会議は日本球界で初のドラフト会議でした。
そのドラフト会議でそれも読売ジャイアンツから堀内選手は指名を受けます。
すごいですね!

高校時代から注目の選手の一人だった堀内選手は1年目から16勝をあげる活躍。
1年目からエース級の活躍でした。
その後も読売ジャイアンツのエースとして活躍し、読売ジャイアンツの9年連続リーグ優勝
V9に貢献しました。
ちなみにルーキーだったころ堀内選手は当然新人王を獲得
通算で200勝をあげ現役を引退。
引退後は読売ジャイアンツの監督を2年間務めました。

堀内恒夫はどんな選手? V9時代の活躍は?

内選手が読売ジャイアンツに入団したのは1966年、引退したのは1983年。
18年間の現役生活を送りました。

先ほど紹介した通り堀内選手が指名された1965年のドラフトは日本球界では初となるドラフト会議。
当時のドラフト会議で指名された有名な選手には、近鉄バファローズの「鈴木啓二」選手がいました。

堀内選手は1年目から16勝をあげ新人王を獲得

堀内恒夫が新人王を獲得
出典:https://topics.smt.docomo.ne.jp/

ちなみにV9時代と言われるこの時代は1965年(昭和40年)から1973年(昭和48年)までのことといいます。
今からもう40年以上前のことなので、このV9時代を知らないという野球ファンも多いことでしょう。
堀内選手はV9時代の2年目に読売ジャイアンツに入団しました。
堀内選手は9年連続でリーグ優勝したうち8年を知っていることになりますね。
新人王を獲得した堀内選手は、新人王のほかに最優秀防御率も獲得。
V9時代の選手といえば、王貞治選手や長嶋茂雄選手のほかにも現在横浜DeNAベイスターズでGMを務めている「高田繁」選手がいました。

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堀内恒夫の現役時代の成績は? 生え抜き200勝投手

きほど紹介した通り、V9時代を支えた投手の一人である堀内選手。
その堀内選手ですが、実は読売ジャイアンツでは最後の「生え抜き200勝投手」なんです。
いままで常勝集団のイメージがあったであろう読売ジャイアンツですが、生え抜きの200勝投手は少ないんですね。
実は読売ジャイアンツ「生え抜きで200勝」を達成した投手は少なく、堀内選手を含め二人しかいません。
「中尾 碩志(なかお ひろし)」選手が200勝を読売ジャイアンツ生え抜きで達成しています。

堀内恒夫の現役時代
出典:Twitter

堀内選手の武器はストレートとチェンジアップそしてよく落ちるカーブ。
1番得意としていたボールはでした。
堀内選手は13年連続で二桁勝利を達成しました。
しかし現役生活18年の晩年の5年間はあまり活躍できませんでした。(5勝したシーズンが1度もなし)

堀内選手が通算で獲得したタイトルは最優秀防御率を1度、最多勝が1度、最高 勝率を3度獲得しています。
堀内選手は1年目と2年目に勝率を8割を超え最高勝率のタイトルを獲得しています。
またバッティングもうまく通算で21本のホームランも打っています。

堀内恒夫の引退試合でホームラン!? 引退後の活躍は?

V9時代を支えたエース堀内恒夫選手は1983年に現役を引退しました。
引退試合は読売ジャイアンツの野手陣が堀内選手を打席まで回そうと野手陣が奮起。
そして堀内選手まで打席が回ってきました。
さきほど紹介しましたが、堀内選手は打撃が得意で打席まで回そうと盛り上がりました。

そして堀内選手の現役最終打席は、なんとホームラン!!

堀内恒夫の引退試合ホームラン
出典:堀内恒夫オフィシャルブログ

投手なのに現役最終打席はホームランとはすごいですね~。
最高の形で現役を締めくくりました。

では投手としての成績は?というと、投手としても2イニングを無失点に抑えなんとセーブまで記録。
堀内選手はすごい選手ですね。
ちなみに堀内選手が最後にホームランを打たれた選手は、広島カープの「山本浩二」選手でした。
堀内選手は引退後に「僕は山本浩二さんに引導を渡されたんですよ。最後に山本浩二さんに打たれたホームランで僕は自分の力を感じて引退した」と語っています。
堀内選手は引退後読売ジャイアンツの監督を務めます。
2004年に監督に就任し、2005年までの2年間監督を務めました。
2004年は史上最強打線と呼ばれるほどの打線でしたが、投手陣の成績が悪く5位に終わりました。

最後にまとめ

かがでしょうか。
堀内恒夫選手について簡単にまとめると

①1965年のドラフト会議で1位指名を受け読売ジャイアンツに入団。この1965年のドラフト会議は日本球界初のドラフト会議。
②堀内選手は読売ジャイアンツの9年連続でリーグ優勝したV9時代を支えた。堀内選手は1年目から16勝をあげ新人王、最優秀防御率を獲得した。
③堀内選手は読売ジャイアンツの最後の生え抜き200勝投手。実は読売ジャイアンツの生え抜き200勝投手は二人しかいない。
④1983年に現役を引退。現役最終打席はホームラン。引退後は読売ジャイアンツの監督も務めた。

堀内選手は現役時代は読売ジャイアンツ一筋で、さらに読売ジャイアンツの監督を務めました。
監督就任1年目こそは5位に終わるも、2年目は3位にクライマックスシリーズに進出しました。
V9時代を支え、数少ない読売ジャイアンツの生え抜き200勝投手堀内恒夫選手を今回は紹介しました。

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