堀幸一はロッテオリオンズ最後の選手!成績や年俸は?

ッテオリオンズという球団をあなたは知っていますか?
名前が変わったり併合などで球団が無くなったりしましたが、このロッテオリオンズは現在の千葉ロッテマリーンズの前身球団に当たります。
(前身球団とはその前の球団のことを指す)

ロッテオリオンズを知らないという野球ファンも多いことでしょう。
そのロッテオリオンズにはどんな選手がいたのでしょうか。
現在ロッテオリオンズに所属した経験のある現役選手はもう既にいません。

今回はそのロッテオリオンズ最後の現役選手だった『堀 幸一(ほり こういち)』という選手を紹介します。
堀選手は現在ロッテでコーチを務めています。

[quads id=1]

堀幸一のプロフィール

堀幸一
出典:Twitter
名前:堀 幸一(ほり こういち)
出身地:長崎県長崎市
生年月日:1969年4月2日
身長:182cm
体重:85kg
プロ入り:1987年 ドラフト3位
所属球団:東京ロッテオリオンズ
千葉ロッテマリーンズ (1988 – 2010)
デビュー:1989年4月9日

幸一選手は1987年にロッテオリオンズにドラフト3位で指名を受けプロ入りしました。
高校時代は夏の甲子園には出場できませんでしたが春の甲子園には出場した経験があります。
堀選手は1年目から試合に出場するもレギュラーは取れずにいました。
3年目にレギュラーを獲得すると20本のホームランを打ちました。
その後堀選手はセカンドのレギュラーとして定着しました。
堀選手はどこのポジションでも守れるいわれるユーティリティープレイヤーというもので内野だけではなく外野も守りました。
2010年に現役を引退。
現在千葉ロッテマリーンズの2軍コーチを務めます。

ロッテオリオンズにはどんな選手がいた?

京ロッテオリオンズ、東京オリオンズ。
現在の千葉ロッテマリーンズは東京オリオンズから東京ロッテオリオンズと名前が変わり千葉ロッテマリーンズになりました。
1964年から1968年までは東京オリオンズという名前で1969年から1991年までは東京ロッテオリオンズという名前で戦っていました。
東京オリオンズになるともう50年以上前のことなので当然東京オリオンズを知らない野球ファンも多いことでしょう。
今回紹介する堀幸一選手は2010年に引退しましたが東京オリオンズではなく東京ロッテオリオンズ現役で最後の選手になりました。
ロッテオリオンズといえば現役時代3度も三冠王を獲得し引退後は中日の監督としてチームを何度もリーグ優勝に導いた「落合博満」選手がいました。
ほかにも西鉄ライオンズでエースとして活躍した「稲尾和久」選手が監督を務めたりもしました。
名前を知っている野球ファンは少ないかもしれませんが「カサマリ投法」で知られた「村田兆治」選手やミスターロッテで有名な「有藤通世」選手がいました。

堀幸一はどんな選手?成績は?

幸一選手は1987年東京ロッテオリオンズからドラフト3位で指名を受けプロ入りしました。
堀選手はユーティリティープレイヤーでいろんなポジションを守りました。
堀選手が現役時代守ったポジションはファースト、セカンド、ショート、サード、外野と捕手と投手以外すべてのポジションを守ったことがあります。
ここまでのユーティリティープレイヤーはなかなかいませんね。
すでに引退しましたが巨人のコーチを務める「井端弘和」選手もユーティリティープレイヤーとして有名でした。
井端選手は中日のショートを守りアライバコンビとして有名でした。
ほかにもミスタードラゴンズとして有名な「立浪和義」選手もユーティリティープレイヤーの一人ですね。
堀選手は釣り好きとしても有名でファン感謝祭では堀選手による釣りのイベントも行われました。
釣り好きな野球選手といえば「城島健司」選手もいますが城島選手に負けないくらいの釣り好きです。
堀選手が現役時代主に守ったポジションはセカンドでセカンドのレギュラーとして活躍しました。

堀幸一選手の年俸は?チームの優勝に貢献

ッテのユーティリティープレイヤーとして活躍した堀幸一選手。
堀選手の年俸はいくらくらいだったのしょうか。
堀選手はプロ10年目に1億円プレイヤーになりました。
それまでセカンドのレギュラーとして活躍していましたが年俸はそれほど高くありませんでした。
堀選手は21年間の現役時代をロッテで過ごし引退後もロッテのコーチに就任しました。
ロッテ一筋です。

現役通算安打は1827本と2000本安打まであと少しでした。
しかし堀選手はあまりホームランをたくさん打つような選手ではありませんでした。
現役21年間のうちホームラン20本超えたのがたったの2年だけ。
しかし現役時代でホームランを1本も打ったことのないシーズンは1度だけでした。

千葉ロッテが優勝した2005年はリーグ優勝、日本一を達成しました。
堀選手はセカンドのレギュラーとしてチームをリーグ優勝、日本一に導きました。
堀選手はこの年ベストナインに輝き年俸が1億円を下回っていましたが1億円プレイヤーに復帰しました。
しかしそのチームが優勝した翌年からはだんだん劣化していき2010年、ロッテオリオンズに所属していた選手は堀選手を最後に全員引退しました

最後にまとめ

かがでしょうか?
堀幸一選手についてまとめると

①1987年にロッテオリオンズにドラフト3位で指名を受けプロ入り。高校時代は春の甲子園に出場
②東京オリオンズから東京ロッテオリオンズに名前が変わり現在の千葉ロッテマリーンズになった。オリオンズには落合博満選手や村田兆治選手などがいた
③堀選手は現役時代ユーティリティープレイヤーとして活躍。現役時代はファースト、セカンド、ショート、サード、外野と捕手と投手以外のポジションを守った
④堀選手は2005年のリーグ優勝、日本一に貢献。1億円プレイヤーにもなった

現在千葉ロッテマリーンズ最下位と成績が良くありません。
現在堀選手は千葉ロッテで2軍のコーチを務めています。
堀選手が1軍に負けないレベルの選手を作って千葉ロッテをリーグ優勝そして日本一に導いてくれるかもしれません…

[quads id=4]